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   『夢を売る店』

         投稿者 : 弥生 灯火


 青年が足をとめたのは、目に入った『その店』に既視感を覚えたからでしょう。
 出版社で自作の小説を寸評して貰った帰り道。何度目かも覚えていない編集者からの駄目だしを受けて、ぶつぶつと愚痴をこぼしながら歩いていた時のことです。
 着込まれて色あせた革ジャンに、よれよれのジーンズ。かかとの磨り減ったスニーカーを地面に縛りつけて背を丸めた青年。服装に負けないほどの疲労感を漂わせながら、ぼんやりと記憶にあるその店を見つめていました。帰宅途中にあてもなく足を伸ばした盛り場の一角。東欧州の片田舎の、ちょっとした路地裏にでも佇んでいるような小さな洋館のようなお店です。あか錆びた銅板の看板はうす汚れていて、刻んである文字も判別出来ません。

「……そうだ。やっぱりこの店は、あれを買った店だ」

 重そうな樫の木で作られた質感を持つ扉。近づくうちに青年は、体重を失ってしまったかのような失調感に襲われました。胃の底から力が抜けるように身体がふわふわと浮く感覚。まるで邯鄲の夢にでも誘われたような、人を惑わす感覚に青年の五感が警鐘を鳴らします。けれど青年は臆することなく扉に手をかけました。

「どうぞ、お入りになって。鍵はかかっていませんわ」

 いきなり扉の向こうから届く声。そういえば以前来た時もこんな感じだったと青年は思い出します。音もなく扉が開き、青年はするすると滑るように店内へと入っていきました。
 汚れのカケラもないガラス製のケースが並ぶ奥に、先ほどの声の主であろう妙齢の女性が、淡い茶色をした頭髪のウェーブをなびかせて揺らめいていました。ほどよい血色の頬はたしかな肉感を証明しているのですが、なにやら全身にまとう雰囲気に希薄さを感じる、不思議な女性です。ほそりとする肩もあらわに、薄紫のワンピースドレスに身を包んだその女性を認めるやいなや、青年は勢いよく詰め寄っていきました。

「あんた、そうだ、確かにあんただ! 覚えてるぞ、この店はあの時『あれ』を買った店だな!」
「あら、あなた、以前にも来たことがおありなの。……そう、ね。思い出したわ。あの時お買い上げされた方ね。その後お変わりなくて?」
「こ、これ。これ見てみろ。この数年でこんなになっちまった。こんな、こんなの不良品じゃねえか!」
 青年は声を荒らげながら、ふところより歪にねじ曲がってくすんだ色合いのブレスレットを取り出しました。
「あらあら、ひどいものね。そんなガラクタになってしまったの」
 女主人はブレスレットを握りしめる青年を一瞥して、その瞳に憐れみとも蔑みとも思える光をおどらせました。
「ねえ、あなた。私がそれを売った時、なんて言ったか覚えてるかしら」
 青年はまゆを潜めました。懸命に記憶の扉をノックします。改めてまわりのガラスケースを見渡すと、独創的なデザインを身に宿した色とりどりのアクセサリーが目に飛び込んできました。

 整然と並んだ美しいアクセサリーの数々。かってこの店を訪れた時、青年にはどれも魅力的に映り、女主人に聞いたのです。
「へえ、みんな綺麗だな。なんか俺に似合いそうな奴ってあるかな?」
「そうね、これなんてどうかしら?」
 女主人が取り出して青年に見せたのは、儚さと憂いを形にしたような美しいネックレスでした。
「私が作った店のアクセサリーには、全部名前をつけているの。これには『愛』とつけているわ」
「ふ〜ん、たしかに綺麗だけど、なんかもろそうだ。他にないかな」
 すると今度は、銀色がしぶく輝く一対のカフスを青年へと見せました。これには『絆』という名を冠していると女主人は紹介します。先ほどのネックレスとは違い、落とした程度では傷もつかないような堅牢さが伺える品物です。
「う〜ん。俺、カフスはつけないからな〜」
「それなら、これはどうかしら?」
 そう言って女主人が三番目に取り出してきたのは、七色にまぶしく輝くブレスレットでした。青年は一目見て気に入り、購入しました。購入したことまでは思い出したのですが、その名前まではどんなに記憶を掘りおこしても思い出せません。
 
 青年と女主人の視線が交差します。
「……これ、なんて名前だったっけ。どうしても、思い出せない」
 先ほどまでの態度と声が嘘のようなひどく落ちたトーンで、青年は女主人にたずねました。
「そのブレスレットの名前は、『夢』よ。そう、あなたは忘れてしまったのね。購入されたあと、名前を告げたあとに私がなんて続けたのかも」
「夢…… そういやそうだったか。いや、そんなことより」
 青年はこの店に再び入り込んできた理由を思い出しました。
「そんなことより、なんだよこれ! たった数年でこれじゃあよ、これ返品もんだろ、おい!」
 眉間にしわを寄せ強く詰め寄ります。ですが、女主人は怒声に気圧されることもなく、白魚のような細い指を優雅に唇にそえて、微笑み返してきました。
「ふふ、あの時あなたに言ったはずよ。そのブレスレットは夢。これからのあなたの人生を共有し、反映、具現してくれる夢だと。あなた次第でガラクタにも、珠玉のような輝き持つようにもなると」
「ぐ、げん? え、人生って、なんだよそれ。なんの話だよそれ」
「夢はね、見ているだけじゃ駄目なの。持っているだけじゃ駄目なの。きちんと毎日手入れをして、毎日磨いて、一日一日を大切に扱い過ごすの。それを怠ったり忘れてしまったら、捨ててしまったのなら、夢は色あせてガラクタに、やがて腐れ落ちて残骸になり果てるだけよ」

 ――残骸。

 その響きの持つ負の印象に、青年は自らを思いかえします。あの日、ブレスレットを購入してからこれまでの日々。一体どうして来たのか、どう過ごしてきたのかを。
 自分の書いた小説を認めて欲しい。だから日々書き連ねた。けれど待っていたのは冷たい反応で自作を処断する編集者たちでした。数十の書き直しを数える頃には、青年は小説を書く本来の気持ちを忘れて、ただ自分の感情の発露を編集者にぶつけるための道具として書くようになっていました。
「……俺は忘れた、と。自分を磨くこともせず、夢を忘れて、捨ててしまったって言うのかよ」
 青年は見返したかったのです。ただその矛先が作品を手にとって貰える読者へではなく、出版社へと変遷してしまっていることに今さら気づかされました。
「俺はなにを、どうして小説を書いて、俺は、これから……」
 先ほどまでの憤りが霧散していきます。青年が手に持ったブレスレットを強く握り締めると、呼応するような温かみをブレスレットは返してきました。
「そうだ、まだ俺は、捨ててない。書きたい。書きたいものがあるんだ、書いてないものが。だから……」
 不意に青年の視界が夜の帳を降ろされたように閉ざされます。一瞬の酩酊。店に入る間際の身の感覚を再び味わい自身を取り戻した時、青年は乏しい街灯に照らされた"なにもない"路地に佇んでいました。

 青年は、思い出したようにあの店のあった場所を振り返ろうとして、しかし途中で止めました。そして手のひらの中にあるくすんだ色合いのブレスレットを大事そうにもう片方の手で包みなおして歩き出しました。ただ前を向いて、背を伸ばして。


<作品のテーマ>

テーマは夢、って書かなくても分かりますね(笑)
なんだか安直な内容になってしまった気もするけど気にしない気にしない(知らんぷり)
本年もちょくちょく投稿するつもりです。読んで下さった方、下さる方に感謝を。
   投稿者  : 土門
 テーマはありがちで、タイトルから「『夢』を買ったけど、自分の夢じゃなきゃ意味がない」っていうありがちストーリーに挑戦されたのかな、と思いましたけど、違いましたね。なんか申し訳ないです。
 内容はそんなに安直になっていないような気がしますけど、心の響くテーマだからもっと書いて欲しかったかな、というところです。
特に、昔は頑張っていた・ブレスレットを買う シーンに関しては、回想としてもっと細かく描写してあげてもいいのかな、と思います。大筋がすごく好きなだけに、「もっと詳しく、もっと読みたい!」というキモチが掻きたてられた次第です。というわけで、もっと書いてください(プレッシャー)笑
 短い感想でしたが、失礼します。
   投稿日 : 2017/01/14 11:40
   投稿者  : 弥生 灯火
門さんへ
感想ありがとうございます。

>心の響くテーマだからもっと書いて欲しかったかな。
すみません。そこらへんの主人公の事情は、毎度のように読者の想像に丸投げしてたりします(爆)
三人称で書く時はいつもストーリーの大枠だけ決めて、あとは読んだ方の想像次第ってパターンになっちゃうんですよね。
そうしないと文章量が増えてしまって、読み進めるのに敬遠されちゃうかなあと思ってしまって(汗)
なかなか短編の長さというのは難しいものです(しみじみ)

気が向いたら少しだけ長いの投稿してみますね、書き上げることが出来たならですけど(笑)
   投稿日 : 2017/01/16 21:37
   投稿者  : てこてこ
タイトル的に胡散臭い人が出てくるのかなと思いきや(コラ)、ある意味正統な感じのお店でしたね。流れ的にそのままバッドエンドでもおかしくないのに、青年が前を向いてくれて良かったです(笑)
安直と仰っていまずが、個人的には余計な事を考えなくて良いストレートさで、とても読み易い話でした。
   投稿日 : 2017/03/14 21:32
   投稿者  : 弥生 灯火
今作は大人向けの童話、といったイメージで書いた作品でした。
実は初稿の段階ではバッドエンドだったんですよ。てこてこさん鋭いです。
読後感の悪さを修正しようとしてるうちに、バッドで無くなってしまったんです、あら不思議(笑)

読み易いといって貰えただけでありがたいです。
   投稿日 : 2017/03/16 19:18
   投稿者  : 春風
内容は幻想的で、でも現実味もあるテーマで、面白かったです。
ただ個人的に、文章が敬体で「です」や「ます」になっていて柔らかさがある分、言葉も固い漢語表現よりも柔らかい和語表現にした方がいいのではと思いました。例えば青年が初めて店に来た場面では、ブレスレットを「購入する」ではなく「買う」にするなど。
それと、なぜブレスレットがガラクタになってしまったのかをもっとじっくり書けば深みが出ると思います。加えて男性の心情も細かく書いていけばブレスレットの意味もより分かりやすく、全体的に濃くなると思います。
話のテーマはとても面白かったですし、重すぎず読みやすかったです。私が書くとどうしてもさっぱりしない感じになってしまうことが多いので。
これからも頑張ってください。            
   投稿日 : 2017/03/20 17:51
   投稿者  : 弥生 灯火
春風さん
現実味があり、でもファンタジーといったイメージで書きましたので嬉しい感想です。
ですます調を模したのは、ストーリー自体が暗いのを何とか緩和しようとした苦肉の策でした。
ただ、言われる通り使用する語句まで徹底するべきでしたね。反省材料です。

それと青年の背景を端的に書きすぎたようですね。もう少し文章を足して読者に訴えるべきでした。
むむ、でもそうなると長くなりそう(汗) 程よい作品としての長さバランス的に難しいか。ううむ、精進したいと思います。

感想、並びにアドバイス、ありがとうございました。
   投稿日 : 2017/03/20 22:36
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