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   『雨ノ話〈前編〉』

         投稿者 : 逸話の語り手


   *
日本のとある場所。
とある夏。
伝説が生まれた地に。
絶望へと化した地に。
大粒の雨は降り続けた。
まるで希望を断ち切るようなこの雨は。
まるで希望を表すかのようなこの雨は。
影に埋もれた地を濡らす。
こんな未来を。
こんな結末を。
一体誰が予想しただろう。
一体誰が予想出来たというのだろう。
この話は。
言われてみれば少し前で。
言われてみればずっと前の。
全ての起点の、「彼」の過去話。
ふと、考えてしまう。
今も分からないけれど。
分かるはずもないけれど。
「彼」の目には。
あの雨は一体。
どんな風に見えたのだろう?




02
   *
今城楓は正真正銘の人間である。いや、だからと言って別に、どこかの漫画みたいに、人間と言いつつ何か特別な能力が使えたり、どこかの貴族の一族であったりするわけではない。いわばどこにでもいるごく普通の中学三年生の少年である。強いて能力と言うのなら、五歳のときにとある道場にぶちこまれ、それから十年間そこで稽古を受けているぐらい。本当にこれくらいである。まあ、だからと言って軽視してほしいわけでは全然ないのだけれど、そこまで重要視してほしくないのもまた事実である。初期設定はあくまでただの初期設定であり、ただの初期設定に過ぎない。人間は絶えず変わり、化けることで生きているのだから。
時間を無駄にはしていられないのだ。
「・・・だから俺は帰る。」
「帰るな。戻って来い。」
止められてしまった。上手いこと逃げられると思ったのに。
今は放課後の掃除中。俺は単にサボっていただけである。
そして、見事門番を務めたのは俺の唯一の幼馴染、腐れ縁の極みであるところの灼山大雅だった。追記しておくと、こいつは剣術選択者である。
本来なら、「お勤めお疲れさまです。」とでも言ってあげなければいけないのだろうが、個人的にはお勤めされては結構不都合だったので言わないでおくことにする。
「あぁー!なんで掃除の班俺らに変わったんだよ!昨日もやっただろ!」
「しょーがねーだろ。黒板に落書きしてるとこを目撃されたバカが三班に属してたんだから。連帯責任だってよ。」
「誰だそいつは!けしからんな!」
「・・・」
大雅が黙り込んだ。
怒ってる怒ってる。何か言わないと。
「ドンマイドンマイ!次があるよ!」
「次があってたまるか!三班全員に謝れバカ野郎!」
「アヤマル?」
「蹴るぞ、お前。」
「すみませんでした!」
「よーし分かった。許してやるよ。おーい、みんなー!後はこのバカが全部やっとくって言ってるから、帰っていいぞー!」
あちこちから歓声が上がる。
俺も言っとかないと。
「イエーイ!」
「お前は続きをやっとけ!何ちゃっかりサボろうとしてるんだよ!お前に関しては自業自得だろうが!」
案の定怒られてしまった。
・・・というか、俺、別に全部引き受けるなんて言ってないんだけどな・・・
発言が恣意的に改変されている。
「反省しろ、バカ。バーカバーカ。」
「バカバカ言うな!俺が本当にバカになったらどうするんだ!」
「心配すんな。お前は末期だ。手遅れだ。」
「誰が手遅れだ!」
末期って!手遅れって!心配するわ!尚更こんなとこ居られるか!
「バカの擬人化@楓だしな。」
「俺はそんなIDを付けた覚えはねぇ!」
というかドメイン名が「楓」のIDなんかあるか。
やっぱりお前も似たようなもんじゃねーか。
「お前と一緒にすんな。」
大雅が冷めた目でこっちを見て言った。
「じゃあお前はこの現状を!先生にどうやって説明すんだよ!」
俺はそう言って、掃除メンバーが全員脱走した空っぽの教室を指差す。
・・・逃げ足速すぎだろ。
あいつらには慈悲というものがないのか。
「・・・帰る。」
そう言って、大雅は小走りで駆けて行った。
「おい待て!手伝え!」
「じゃあなー!残り頑張れよー!」
走りながら、振り向きもされずに激励されてしまった。
「待てー!手伝えー!この薄情者―!」
返事が無い。ただのぼっちのようだ。
俺の必死の呼び掛けも大雅には暖簾に腕押しだったようで、俺は蝉の声が響く教室に一人、取り残されてしまった。

結局、一人でブツブツブツブツ言いながらもきちんと掃除を終わらせた俺が道場に到着したのは、教室から脱走者が出てから三十五分くらい後のことだった。
「お?遅刻か?」
道場に入ったところで声を掛けられ、振り向く。
御雨道場の主、御雨扇正である。
「いや・・・」
「珍しいな。何かあったか?」
「・・・」
どう言い訳するかな・・・
落書きの罰で掃除させられていた、とはとても言えないし。
「・・・すみません。灼山君が薄情者で。」
必死に捻り出した言い訳であった。
我ながら酷い言い訳である。
「言い訳になってないぞ?」
・・・分かってますよ。なってないのは。
追い込むのを止めて頂きたい。
「いえいえ、とにかく、遅れてすみませんでした。」
言葉に詰まった俺は、謝罪という秘密兵器を繰り出した。
強硬手段である。強行突破と言った方が正しいかもしれない。
「まあいい。それより、休憩室から大雅たちを引っ張り出して来い。大会までもう少ししかないからな。時間を惜しめ。」
「はいっ!」
威勢のいい返事をして、休憩室まで小走る。
脱出である。
ところで、なぜ剣術選択者の大雅が素手術選択者の俺と同じ道場にいるのか、という問については、この道場は師匠の計らいによって素手の戦術か剣術かのどちらかを習うことができるようになっているというのが答である。
とは言っても奴は剣術選択者なので、普段対戦をすることはないのだが、しかし七月二十五日、つまりは明後日に、五年に一度開かれる異種武道大会にて勝負することができるのだ。
正直なところ、俺としては中々楽しみだったりする大会である。
・・・覚えてろよ薄情者。
おっと。ついうっかり本音が出てしまった。
まあ、そんな個人的感情は置いとくとしても、大会直前なので気持ちいつもより稽古が厳しく、キツくなっているのは確かである。そういうことも鑑みれば、掃除が長引いて良かったのか悪かったのか分からなくなってしまうが、良くはないことは確かであろう。
というか、大会直前じゃなくても普通にハードな練習をしてるんだからこれ以上厳しくする必要無いと思うんだけど。それもあって、長続きする人は結構絞られるし。
順次入れ替えが起こっている。
俺と大雅が一番長かったはずだが、それでも未だに慣れることは無いしな。
   *
休憩室に到着。
「おーっす!」
扉を勢い良く開ける。
すぐにいろんなところから似たような挨拶が聞こえてきたのだが、残念ながら俺の耳に真っ先に真っ先に入ってきたのは、よぉー楓、掃除お疲れー、という、明らかに他と違う返事だった。
「・・・いや、前半については別にいいんだけど。後半についてはなんでお前が知ってるんだ。」
何気なく笑う、月原葵に質問を投げかける。
詳しくは聞いていないので曖昧になるけれど、こいつは親が幼い頃に亡くなり、この道場で引き取られて長いこと娘のように育てられている、と聞いている。
女子の癖に男勝りな奴で、俺もそこまで女々しく振舞っているつもりはないのだが、こいつといると謎の敗北感に苛まれることが度々あるのだ。
同い年だから尚更そう感じるというのもあるのだろうが、やっぱり幼い頃から師匠に育てられているとこうなるのだろうか。
羨ましいとは思えないけどな。
師匠の教育方針なんて、およそ計り知れないし。
それに、何故か彼女が知っている掃除のことについても、別に彼女に聞かなくても、俺には思い当たる節は1つしかないし。
というかそれしか思いつかないんだけど。
「大雅が楽しそうに話してくれたから。」
「だろうな!」
やっぱり。大当たりだ。
葵の横で大雅が二ヤッと笑う。
「おい、お前!ペラペラペラペラ喋ってんじゃねぇ!」
「いいだろ別に。減るもんでもあるまいし。」
「減るもんでもねーから話すな!」
「で?お前は何をしにここに来たんだ?来た瞬間から休憩か?ナマケモノか、お前。」
さらっと話題転換された気がする。
「ちげーし、そもそもナマケモノは一歩も動かねーよ!」
掃除して、小走りするナマケモノって。
ホラーだよ。ホラー。
「師匠が稽古再開するから出て来いってよ。」
「えぇー!?早くない!?まだ五分しか休憩とってないよ!?」
葵が微妙に嫌そうな顔をする。
「大会前だから練習も強化されてんだろ。」
「・・・あれ?大会っていつだっけ?」
「え!?」
葵の衝撃発言。とぼけているわけではないようで、優勝候補の内の一人がまさかの大会日程を忘れていたという事実に休憩室全体が凍りついた。
「明後日だよ。観念しろ、葵。」
その空間を裂いたのは大雅だった。
「ほーい。」
試合日を忘れていたにも拘らず気楽な奴だな・・・
まあいいけど。
大雅の後押しもあって、生徒がぞろぞろと動き始めた。
みんな足取りが重い。
なんというか、ホラーゲームの弱いゾンビみたいだ。もっとも、武術を身につけているゾンビなんていたら主人公もたまったものじゃないだろうけど。
   *
学校終わりにも拘らず、その事実をまるで無視するかのようにして行われた4時間にも及ぶ地獄のような稽古の内容は割愛するとして、道場を出て、大雅たちと楽しく喋りながら帰っていたところでロッカーに家の鍵を忘れてしまったことを思い出した俺は、再度道場にUターンすることになってしまった。
道場にはまだ明かりが点いていたので、若干の安心を覚える。というのも、俺は両親が共働きで一人っ子なこともあり、鍵が無ければ家に入れないので、道場が閉まっていた場合四時間程路頭に迷うことになるからという、それ故の安心である。まあ師匠からしてみれば、一回帰ったはずの弟子がまた来たのだから何があったんだという感じだろうけれど。
そんな師匠は祭壇に向かって黙想していた。
「どうした?」
師匠が目を開け、立ち上がる。邪魔にならないように比較的静かに中に入ったはずなんだけど・・・
第三の目でも付いているのだろうか。
天津飯なのだろうか。
「家の鍵を忘れてしまって。回収したらすぐ帰ります。」
「そうか。もう遅いから、早くしろよ。」
「はい。」
そんなやり取りの後、更衣室へ。ロッカーを開けるとやはりそこには鍵がぽつんと置かれていた。
いや、無かったら困るんだけど。他に思い当たらないし。帰れねーじゃねーか。
そんなことを思いながらも、更衣室から出て出口に向かう途中、ふと気になったことがあり、稽古場に立ち寄ることにした俺は、またもやUターンして戻った。
祭壇のこと。
別に今日新しくできたわけでもなんでもないのだが、いつもは気にも留めてない祭壇に何故か気が向いたのだ。
引き寄せられるように、というか。
引き寄せられるかの如く。
祭壇はそこまで豪華ではなく、いわば普通の祭壇だった。
普通の祭壇の定義もよく分からないが、唯一特徴を挙げるとするならば、それは中心に大切に祭られた10円玉くらいの大きさの白と黒に半分ずつ分かれた小石だろう。祭壇に祭られている以上、護石というべきなのだろうが、とにもかくにも俺はその石にすっかり魅入ってしまった。
「なるほど、お前もか。」
声がしたので振り向くと、師匠が近づいてきていた。
「ん?何がですか?」
「その石は何色だ?」
「いや、普通に白と黒ですけど」
「そうか・・・まあ、そうだろうな。お父さんは元気か?」
話題が変わった。ちなみに、お父さんと師匠は知り合いである。まあ、それもあって俺はこの道場にぶちこまれたんだけど。
「はい。元気です。」
ありのままの事実を告げる。
ほんとに元気で、正直ウザいほど元気なんだけど。
「それは良かった。大会は見に来られるのか?」
「見に来れないって言ってました。」
仕事の都合らしい。
非常に残念である。
「ほう。それは残念だな・・・まあ、手土産に朗報を知らせれるよう頑張れよ。仮にもお前は優勝候補の一人なんだから、初戦で負けるとか、それ以前に怪我するとか信じられないようなマネはすんなよ?」
「はい。優勝とって帰りますよ。」
「心意気は立派だが、なんか心配だな・・・油断すんなよ?言っとくけど今年は結構な強敵ぞろいだと聞いている。優勝候補扱いの奴が異例の六人らしい。」
「で、その内三人がこの道場にいると。流石ですねー。」
「まあな。嬉しいもんだ。優勝してくれたらの話だが。」
「任せてくださいな。」
「そうか、じゃあ任せたぞ。」
「はい!」
「いい返事だ。・・・そういえば言うのを忘れていたが、混乱しないように先に言っておくぞ。今回は剣術と素手術だけの対戦じゃない。」
「どういうことですか?」
「一人、例外がいてな。槍使いの優勝候補だ。」
「え!?槍って使っていいんですか!?」
衝撃の事実である。
いや、使っていいからと言って、別に使えるわけではないんだけれど。
「要項には一応記してあるんだがな・・・まさか本当に使ってくる奴がいるとは。しかも優勝候補とは。実に驚いたもんだ。」
「マジすか。」
「マジだ。」
記してあるらしかった。後でちゃんと要項読もう。
「まあいい。今日はもう遅いから帰れ。」
時計を確認して、師匠はそう促した。
「そうでした。取り敢えず帰ります。」
「ああ。じゃあな。」
「はい。失礼します。」
そんな会話の後、道場を出て急ぎ気味に家に帰った。
帰宅して、生活の一環を行った後、ベッドに転がり込む。
いつもの動作、日常茶飯事。
日常茶飯事にしてしまっては駄目な気もするけれど、気にしないことにしている。
そして、こいつに勉強する気は0である。
思い出してほしい。こいつは中学三年生。世間で言うところの受験生。
重要な夏のはずである。
そんな受験生は、まるで他人事のようにベッドの上でゴロゴロゴロゴロしているうちに寝てしまったみたいであるけれど。











03
   *
次の日。翌日である。昨日なんだかんだ言ってちゃっかり勉強をサボった俺だったが、今日はきちんと学校で勉学に励んだ。
「嘘付くな。」
大雅が蔑むかのような目でこちらを見ている。
仲間にしてあげますか?
ではなく。
「ふざけんな。お前の仲間にされて堪るか。何が勉学に励んだ、だ。六時間授業で四時間ぐっすり寝てた奴が言っていい台詞じゃねぇ。」
「俺の心の中を読むな!睡眠だって学習だ!」
「すごい台詞だな・・・俗に言う睡眠学習のことか?あそこまで成績向上に繋がらない学習方法も中々無いと思うんだが。」
「全国の中学生が実行してる。」
「全国の中学生を巻き込んでやるな。一人でやってろ。」
いや、意外とみんなやってると思うんだけど。
なんだ!?みんなそんなに賢いのか!?
日本の未来が危ぶまれる。
「危ぶまれてんのはお前の頭だろーが。」
「いやいや。石の上にも三年って言うだろ?」
「三年間も寝るつもりか。もう一生寝とけよ。」
「俺だって寝れるもんなら寝ときたいわ。」
できるもんなら一生ゴロゴロしてたいわ。
「・・・まあ、分からなくもないけどな。それにしたって寝過ぎだろ。お前昨日何時に寝たんだよ。」
「えぇーっと・・・十時くらいかな?」
無意識に寝てしまったのでよく覚えていないが、確かそれくらいだったはず。
「それで、何時に起きた?」
「八時。」
「昼寝合わせたら十四時間くらい寝てんじゃねーか!仮にも受験生の身でなんて健康的な生活をしてんだよ!」
「いいじゃん、健康的で。」
「結局お前、昨日あの後何してたんだ・・・?」
「俺はあの後な・・・」
・・・そうだ、覚えてるうちに、大雅にも感想を聞いてみよう。
「あのさ、そういえばなんだけどさ。」
「何だよ改まって。言っとくけど、さっきの質問の答えはまだ聞けてないからな?」
「まあまあ。それより聞きたいんだけど。あの、道場の祭壇に祭られてる護石あるじゃんか。」
「ああ、あの不気味な色した護石のことか?」
「不気味?・・・まあ、不気味かどうかはさておくとして、多分合ってるだろうから話を進めるけど、その護石について。」
「本当、あんな石どこで見つけたんだろうな。中々無いだろ、緑と赤の石なんて。」
「ん?緑と赤?」
「うん。」
「おかしいな・・・俺の記憶では白黒だったはずなんだけど・・・」
少なくとも、そんな奇抜な色ではなかったはずだ。
「いや、お前の見間違いだって。」
「最後に祭壇を見たのは?」
「昨日、道場に着いてすぐ。」
・・・じゃあ、入れ替えられている可能性は低いな。
「・・・というかなんでそんな頻繁に見てんの?」
素朴な疑問だった。
「礼のついでに。」
「すげーな、お前。」
「お前も礼くらいしろよ。道場の護り神が祭られてるんだから。」
「分かったよ。・・・でも赤と緑って。それはないだろ。某ポケモンかよ。」
「某が仕事してないし、それで例えるなら白と黒もあっただろうが。」
「そうだった。」
あったな、そういえば。俺はやってなかったけど。
頭使うゲームは苦手だ。
「本格的に頭使えてねーじゃねーか。お前の頭は飾り物か。」
「頭が飾り物とか。猟奇的すぎるだろ。」
どこのマッドサイエンティストだよ。
俺はそこまで捻じ曲がった性癖は持ってねぇ。
「とにかく。白と黒だって。なんなら、百円位賭けてやってもいいぞ?」
「百円って。自信無さ過ぎだろ。」
「賭けなくていいのか?駄菓子屋で豪遊できるぞ?」
「そうだろうけど。賭けねーよ。」
「むむ。」
「むむ、じゃねぇ。一人で豪遊しとけよ。」
・・・今考えればそこまで豪遊もできねーな。
結局、道場で確かめるということで一時休戦が成立し、大雅に別れを告げてから少しして、前方に鼻歌を口ずさみながら軽快に歩く同級生を見つけた。
同じ三年一組の女子、橋本薫である。
どうやら、後ろからわっ!、と驚かしたのが間違いだったようで、薫は悲鳴を上げ、振り向きざまに持っていた制鞄で俺の頭部を強打した。
防御力百点満点だ。
頭物凄い痛い・・・元が俺なので文句も言えないし。
「なんだ・・・不審者か・・・てっきり今城君かと思っ・・・」
「違う!逆だ逆!」
「なんだ・・・今城君か・・・てっきり今城君かと思っ・・・」
「全部俺じゃねーか!」
「なんだ・・・今城君か・・・てっきり不審者かと思った・・・」
「それで正解だ。」
頭を抑えながら正解を告げる。
遊んでいる、というか遊ばれている気がする。
こんな奴でもどうやら、この話のヒロイン扱いらしいのが俺にはいまいちしっくりこない。
「誰がヒロイン扱いだって?」
「どいつもこいつも俺の心の中を読むな!話が進まねーじゃねーか!」
こいつらはエスパーなのか!?
俺はそんな奴らと一緒に学校生活を送っているのか!?
これから安心して学校に行けねーよ!
「で?何勝手に話を進めようとしているのよ。」
「いいだろ。許してくれよ。」
「別にいいけど。まあ、登場人物の数なんて知れてる死ね。」
「死ね!?」
「間違えた。知れてるしね。」
「言い間違いに悪意を感じるわ!それに、知れてるって言うな!知れてるって!」
「いいじゃない。そんな何十人も出ないでしょうに。」
「いや、確かにそうなんだろうけども!、お前は一体どの立場からそのメタ発言を言ってるんだよ!」
早くもメタ発言を盛り込んでくるな。
「この話のヒロイン代表として。」
「ヒロインの立場気に入ってんじゃねーか!」
しかも代表って。地位がムダに高いし。
「響きがいいじゃない?ヒロインって。まあ、今城君ごときに私は勿体無いと思うけど。」
「ごときはともかく、その台詞は俺が言うはずだったんだが。」
「自分で言うことによって、私の評価が上がった気がする。」
「下がってんだよ。」
意外と上がってんのかもしれないけどな。
「キャラは確立されたわね。」
「それはそうだ。」
こんな少しの会話で人間一人の人格が確立されてしまうというのは結構恐ろしい気もするが。
発言には注意しないと。
「まあいいわ。途中まで道一緒だし。送ってってあげる。」
「それも俺の言うはずだった台詞なんだけど・・・」
俺の台詞を剥奪すんな。何にも言えねーだろーが。
「いいでしょ。行くわよ。」
「へいへい。」
そう言って、歩き始める。
「時に今城君。」
「どうした?改まって。」
「幸せ、という単語について今日一日中考えていたのだけれど。」
「脈絡が無さ過ぎるだろ。そして何してんだよ。」
「今城君はどう思う?」
「すごい時間のムダだと思う。」
そうとしか思えねぇ。
「そうじゃなくて。幸って闇深くない?」
「なんでそうなる。」
幸せに闇なんて無いだろ。
しかも深いって。幸にしてみれば不快だろうよ。
「よく、辛っていう字に横線を1本足せば幸になるって言うじゃない?」
「言われてるな。」
誰が言い出したんだろうな。
「でもさ、その1本の横線はどこから来るのよ。一人でに増えることが無いとするならば、その1本を増やすためには・・・」
「他の幸から取ってこなければならないってわけか?」
「ご名答。」
「でも、確かにそうだな・・・」
幸という素晴らしい単語について、ここまでひねくれた解釈をした奴を俺は初めて見たんだけど。納得のいく解釈ではあった。
こじつけ感は否めないけどな。
というか、お前はこの字になんの恨みがあるんだ。
「まあ、そんなこと言ってたら幸せにはなれないでしょうけどね。」
「もう手遅れだと思うな。」
「手遅れでも構わないわ。幸せからこっちに来ないなら、こっちから捕まえに行くだけよ。」
「カッコ良過ぎだろお前。」
中学3年生の発言じゃねーだろ。
仙人みたいな発言だ。
「見た目は大人、頭脳も大人よ。」
「本家とは若干違うな。」
しかし中三なこともあり、嫌でも見た目はそこそこ大人に見えてしまうので、強ち間違ってないのかもしれない。一応こいつも女子だしな。
「一応じゃないわよ?まあ、見た目は小人、頭脳も小人なあなたには私の魅力は分からないでしょうね。」
「小人って・・・」
賢いのだろうか。俺としてはあんまり賢くないイメージがあるんだが。それに、お前より俺の方が身長高いし。
つーかそもそも大人の対義語は子供だろうが。小人の対義語は巨人だろ。仮にも成績優秀者が小学生低学年みたいな間違いをすんな。
さっき仙人みたいな発言をしてたとは思えねーよ。
「中人かもしれないわね。」
「中人って何なんだ。とうとう理解を越えてきてるぞ。」
「大体ね。中学生からなんでもかんでも大人料金にしてくるくせに、大人扱いしないのはどうかと思うのよ。」
「ああー。それは多分結構な数の中学生が思ってることだと思う。」
事実、それには共感である。
「中人料金でも作りなさいよ。」
「だから中人って何なんだよ。・・・それに最近は学生料金というありがたい料金システムができてきてるだろうが。」
あ、っと思い出したように薫は唇を噛んだ。
「私としたことが。学生料金という言葉を忘れていたわ。」
「中人中人言ってるあたりそうだろうな。」
閑話休題。
「・・・そうだ、今城君。真面目な話をしたいんだけど。」
「お前にも真面目な話ができるんだな。」
「私を誰だと思ってるのよ。」
「誰なんだよ。噂の中人なんじゃねーのか。」
「・・・中人って本当になんなのでしょうね。」
「知るか。自問自答になってんじゃねーか。」
「まあ、それについて考えだしたらキリがないんだけどね。」
「で?まじめな話とな。」
「えぇーっと・・・うむ。忘れた。」
「早すぎるだろ。」
「やっぱ私にまじめな話は無理なのかもしれないわね。」
無邪気に笑う薫。楽しそうでなによりだ。
「・・・じゃねぇ!凄い重症じゃねーか!」
「いいじゃない。楽しくて。」
「いや、お前が良しとするなら俺は別にいいんだけどな・・・」
「・・・あっ!思い出した!」
「それも早いな。」
忘れたり思い出したり、大変な奴だ。
「明日の大会、だいぶ大きなものみたいなのだけれど、今城君は選手として出場するのかしら?灼山君は出場するって聞いたわよ?」
用件はそれか。
それくらいのこと忘れんな。
「ふっふっふ。聞いて驚け。俺はこれでも優勝候補の一人なんだぜ?」
「自称?」
「んなわけあるか!」
自称って!ただの悲しいやつじゃねーか!
俺はそこまで自分の能力を過信してない!
「ありそうじゃない?今城君だし。」
「ありそうじゃない!」
「まあ、今城君が負けて悲しんでいる様子は見に行かせてもらうわ。帰宅部の私はどうせ明日は暇だし。」
「まあ見とくがいい。俺が勝ち進んで、お前が悔しがってる様子が目に浮かぶぜ。」
「死亡フラグね。」
「俺大会で死ぬのか!?」
それは大変だ。
出場止めとこうかな。
「大丈夫よ。ちゃんと海に捨てといてあげる。」
「俺が死ぬ前提だし。それに、言い方だけ聞くとお前が殺したみたいになってるぞ!?」
「もう一発殴ったらどうなるかしら。」
そう言って、薫は鞄を両手に持ち替えた。
「やめろやめろ。殺そうとするな。」
「そう、残念だわ。」
「残念がるな。本当、お前くらいヒロインの座が似合わない奴も中々いないよな・・・」
「本当にもう一発殴るわよ?」
「ごめんごめん。」
「まあいいわ。今城君、今から何か用事があるんでしょ?」
T字路に着いて、薫は促すように言った。
「あ。忘れてた。」
早く道場に行かないと。流石に二日連続で遅刻はマズい。
「じゃあ、私はこの道を左だから。また月曜日・・・というかまた明日になるのかな。」
「ああ、応援頼んだぜ。」
ええ。健闘を祈るわ、と言って薫は身をひらりと翻し、背中を向けてT字路を右に曲がり、その道を真っ直ぐ歩いて行った。
   *
―――で、十分後である。
道場に向かって自転車を漕いでいた俺に、大雅から一報が入ってきた。
「え!?今日稽古休み!?」
「うん。今道場の前に着いたけど、鍵が掛かってるし、電気も付いてない。」
「ほんとか?俺に負けたくないからって、稽古休ませようとしてんじゃねーのか?」
「お前じゃあるまいし、そんなしょーもない嘘付くか。というか、お前がどれだけ練習したところで俺には勝てねーよ。」
「いやいや逆だろ。俺がどれだけ練習サボってもお前は勝てねーだろ。」
「・・・まあ戦績が同じくらいだし。何とも言えねーけどな。」
「だな。どっちが強いかは明日分かるし。それはいいとするけど、開いてないって・・・どういうことだ?」
「師匠が不在らしくて。」
「何か用事があるんじゃないか?」
「そうかもしんな・・・」
「え!?今日稽古無いの!?マジで!?」
電話の向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、ちょっと待って。今、楓と電話してるから。すぐ切るから。」
「聞こえるように算段を立てるな!切り方雑すぎだろ!」
わざとなのか。
わざとじゃないのか。
恐らくわざとだと思われる。
性格の悪い奴だ。俺も人のこと言えない気もするが。
「いいだろ、別に。お前もどうせ今からこっち来るんだろ?待っててやるから早く来い。」
電話が切られた。結局雑な切り方だった。
そんな会話から、更に十分くらいして、俺は道場に到着した。
大雅の言っていた通り、道場は鍵が閉まっていて、電気は付いていなかった――――訳ではなかった。
おいどういうことだ、と大雅を問い詰めると、道場の裏門に、自主練しとけ、という置手紙と鍵が置いてあったらしい。
真偽のほどは分からないけどな・・・
というか、もし本当だったら師匠に鍵を持たせたらいけないと思うんだけど。
セキュリティ甘すぎだろ。
この物騒な時代によくこんなことができるな。
まあこれについては、葵の天然さと、昔からの幼馴染を信じるしかないのだけれど。
  *
その後、大会の作戦を立て、擬似練習を全員で行ってもなお、師匠は道場に来なかった。というか結論から言ってしまえば、師匠はこの日道場に来ることはなかった。
ついでに言うと、護石のことについては、なんとも言えなかった。
何故か。
祭壇の上から護石が無くなっていたからである。
最初は、護石が本当は白黒で、大雅の見間違いだったから大雅が恥隠しにどこかに隠したのかと思ったけど、違うらしい。師匠が護石を持ってどこかに行ってしまったと考えるのが一番濃い可能性だろう。
   *
明日は大会である。公の場で決着をつけることが出来る滅多にないチャンスとも言い換えることができるけれど、とにもかくにも明日は大会である。
そして。
一連の因果の始まりの日でもあるし。
一連の因果の終わりの日でもあった。













04
   *
大会当日。
天気予報は快晴の、お出かけ日和を予報していた。
大会は九時開始なので、始まる前に近くの神社で勝利祈願でもしておこうと、朝の七時に家を出た俺は、少し歩いたところで漫画作中でよく見かけるような体験をすることになってしまった。
曲がり角で、パンを咥えて走ってきた少女と激突したのである。
漫画で使われる出来事をランキングにするとするならば、けっこうぶっちぎりで上位に食い込むと思われるこの事故だが、実際に体験してみるとなかなかのダメージである。
というか、ほぼ全力疾走で走ってきた同い年くらいの人間と何の予告もなしでぶつかるんだから、力学的エネルギーは結構凄い数値になるだろう。
大丈夫かよ俺の体、とは一瞬思ったけど、この場合俺が案ずるべきは自分の体のことよりも走ってきた彼女のことだと思い、辺りを見渡す。
で、その少女はどこにいたのかというと。
座り込んでいる俺の真後ろで、「大丈夫?」と言いながら手を差し伸べてくれていた。
「・・・」
・・・普通立場逆だし。
なんだ!?俺はとうとう台詞に留まらず、行動においてさえ役を剥奪され始めたのか!?俺の存在意味が失われていっている!
・・・と、まあ、そんなことを言っていても何も始まらないので、差し出された手を取らせてもらい、立ち上がる。
立ち上がって肩を並べてみると、俺はギリギリ勝っているものの、女子にしては結構高い身長の持ち主だということが分かった。・・・薫より若干高いくらいかな?
パン咥えたままだし。パン美味しそうだし。
なんでお前ノーダメージなんだよ。
「ごめんね。ちょっと焦ってて。大丈夫だった?」
「・・・まあ、なんとか。」
幸い、俺はそこまでの怪我を負ってはいなかったので安心した。擦り傷程度である。
怪我をして出場棄権とかしたら師匠に殺される。
危ない危ない。
「私は水村真希って言うの。君、名前は?」
コスプレかどうかもよく分からない巫女装束を身に纏った少女は、そう名乗った。
・・・ぶつかっておいてフレンドリーな奴だな・・・一応言うけどさ。
「今城楓。漢字は分かるか?」
「植物の根に性格の性、それに楓でしょ?」
「苗字が違う!全然違う!」
誰だよ!その熱血系主人公みたいな名前の奴!根性楓って!少なくとも俺はそんなに情熱に燃えてる、正義感の強いキャラじゃない!
「今に城、それに楓だ。」
ああーそっちかー、と、あははー、と笑う水村さん。真意が掴めねぇ。
「ところで水村さん。」
「真希でいいよ。」
初対面の人を呼び捨てで呼べるか、と思っていたところ、あっちが呼び捨てで呼んできたことに気付く。フレンドリーにも程があるだろ。俺も十四年間でそこそこの友人関係を保ってきたけれど、こいつみたいなタイプは初めてな気がする。なんというか、友達凄い多そう。
「どこに向かってたんですか?」
「ちょっと近くの神社までね。」
「へぇー。」
多分俺も同じところに向かっていたと思うんだが。道もぼんやりとしか覚えてないし、案内してもらおうかな。
「いいよ、連れてったげる。付いて来て。お詫びと言ったらなんだけど、いいスポットも教えてあげるよ。丁度今、お客さんが来てるけど気にしないでね。」
「ああ、ありがとうな。」
「どういたしまして。」
じゃあ行くよ、と言って真希は歩き出した。
よく考えたら、真希が訳隔てなく接してくれていたおかげで俺は今神社に迷わず向かえているわけで、それについては文句も言えない。
   *
歩きながら少し話すと、話題が今日の大会に移った。
「で、楓は明らかに大会に出場するみたいなんだけど、自信の程は?」
「まあ、そこそこだよ。」
敢えて控えめに言っておく。
というか何で分かったんだろう。・・・明らかに?
「あ。」
そうか。御雨道場で支給される鞄か。御雨道場所属者は今日の大会に有無を言わさず強制出場なことを知っていたんだろう。どこでその情報を仕入れたのかはよく分からないけど。
良く見てんなぁ。尊敬するわ。
「それで、かく言うお前はどうなんだ?その口調じゃ、お前も出場するんだろ?自信の程はどうなんだよ。」
「自信ねぇ・・・まあ、私初出場だし。そこそこってところかな。」
俺も初出場なので何とも言えないけれど、こういう奴に限ってものすごく強かったりして、優勝を攫って行ったりするんだろうな・・・
   *
そんな世間話をしつつ十分くらい歩くと、目的の場所に着いた。
霊恍神社である。
真希は俺に鳥居の前で待っとくように言い、鳥居の左右に置かれた手のひらサイズの石を二つ拾った後、鳥居をくぐるよう促した。
「お待たせ。」
「さっきの石は?」
「結界を作るために霊力を込めた護石。」
「血塊!?」
「違うよ。そんな物騒なものじゃない。結び界すると書いて結界。漫画とかで目にしたことない?」
「いや、漫画ではあるけど・・・本当にこの現実世界で存在するもんなのか?」
結界という単語が出た瞬間に現実味は一気に無くなった気もするけどな。
「うん。もっとも、漫画のイメージとは若干違うんだけどね。」
その後の俺の、お前は一体何者なんだという質問に対し、真希はきっぱりと言い切った。
「私は霊恍神社の巫女長だ」と。
・・・ついでとばかりに「ヒロイン代表」とも言っていたけど。
倍率がどんどん高くなっていってるぞ、その立場。なんでみんな代表になりたがってんだよ。それも登場してすぐに主張し始めるし。薫は同じクラスだし、まだ分かるとしても、お前今さっき会ったばっかりじゃねーか。主張すんのが早いよ。
「代表めざして頑張るよ!」
「先に大会の優勝目指して頑張れよ。」
「そうだね。優先すべきはそっちか。・・・ちなみに聞くけど、楓はそれについて優勝祈願しにきたんでしょ?」
「まあな。一応、神頼みもしとこうと思って。」
「なるほどね。じゃあ、早く御参りしに行こうか。」
「おおー!」
・・・と、盛大に同意したことを只今絶賛後悔中である。
俺が予想していたのは神社本殿の中とかだったんだけど、神社はとっくに通り過ぎ、今は神社の裏に草木で隠すようにされていた獣道を頑張って進んでいる。
「えぇーっと・・・真希。あとどれくらいでその、秘密のスポットとやらに着くんだ?」
「あと少しだから。頑張って!」
真希は軽快に獣道を進んでいく。
朝ぶつかったときも思ったんだけど、凄い運動神経の持ち主だよな。こいつ。
運動能力の点で勝てる気がしねぇ。
で、結局、秘密のスポットらしき場所についたのは獣道を更に十分くらい進んだ頃だった。
さ、着いたよ、という真希の言葉に反応して、落としていた視線を上げる。
目の前に広がっていたのは、さっき通った神社よりも少しばかり規模の小さいもう一つの神社だった。
小さいながらも立派で、荘厳な雰囲気を醸し出しているこの神社の本殿の扉の前では、二人の大人が座り込んで談笑している姿と、一人の少年が必死に素振りをしている姿が見受けられた。
「やあ、今城君。待ってたよ。早く来な。」
こちらに気づいたらしい二人のうちの一人が手招きする。
名前を掌握されている。
距離が遠くてよく見えないこともあり警戒していると、素振りをしていた少年がそれをやめて、
「おーい聞こえねーのかバカ。早く来いっつってんだよ。」
と声を大にして言う。
このムカつく声を聞き、警戒を解いてようやく本殿に近づく。
「昨日は悪かったな。大会前日にも拘らず予告無しに稽古休んでしまって。」
「いえ、それはいいんですけど・・・この方は?」
「俺とお前の父方の友人、水村狗改さんだ。」
手を差し出され、はじめまして、と握手を交わす。
「あ、この子?扇正さんが言ってた弟子って。」
真希が尋ねる。最初は計画されて連れてこられたのかと思ったけど、真希の様子を見ている限りそうでもないようだ。
「ああ、こいつと、大雅と、もう一人。」
「葵のことですか?」
「その通り。」
「しかし真希さん。たまたまにしてはよくこのバカをここまで連れて来れましたね。途中で何か乱暴なことされませんでした?」
おい大雅。余計なこと訊くな。
「途中と言うか、最初にちょっとね。」
お前も余計なこと言うな。
というかそれは俺の所為じゃねーだろ。何で俺にぶつかられた風を装ってんだ。
「まあ、詳しいことは聞かないけど、楽しいうちで止めとけよ。折角仲良くなったみたいなんだし、喧嘩にはならないようにな。」
師匠は微笑しながら言う。
・・・何か良からぬ勘違いをされている。恐らく真希の言い方の所為だと思われる。
喧嘩にならないように、というのは強ち間違ってないのかもしれないけど、楽しいうちにってなんだよ。衝突事故に巻き込まれて楽しい奴がいるか。
どんな変態だ。前にも言ったけど、俺はそこまで特異な性癖は持ってねぇ。
「あと一人が揃ったら本題に入ろうか。」
狗改さんが半ば強引に話題を変える。こっそりと大雅に本題について訊こうとしたけど、大雅も知らないらしかった。肝心なときに使えねー奴だ。
「おい心の声が口に出てるぞ。それに、肝心なときのみならずいつでも使えねー奴に言われる筋合いはねぇ。」
「いつでもって!酷過ぎるだろ!」
キャラメルの包み紙だって何か使い道あるわ。
俺は包み紙以下か。
「まあまあ、二人とも、喧嘩しない喧嘩しない。」
真希がなだめるように言う。
「ごめーーん!遅れました!」
そこに、敬語を使えてるのか使えてないのかよく分からない奴が獣道を抜けて走ってきた。相当ダッシュしてきたんだろうということが、頭の上に乗って掃われることもない葉っぱを見て感じられる。
というか何でみんなここを事前に知らされてんだよ。俺だけ仲間はずれにされてて、たまたま来てしまったという場違い感が半端じゃない。
「それは違うよ。」
と、狗改さんは言ってくれた。
「それは違う。君には敢えて知らせなかったんだ。色々理由はあるけれど、君が知る必要は無い。どっちにしろ、君は知ることになっていたしね。知るべきとき、というか然るべきときに君は知ることになるから。今は気にしなくていいよ。」
「・・・分かりました。」
納得したわけではないけれど。
理解はした。
「さあ、時間は待ってくれないから。早く本題に入ろうか。」
本題。
暗殺の計画を、と。
狗改さんは意地悪そうな顔をして言った。




05
   *
「いやいや、別に僕がどこかのスパイ組織の一員だった、とか言う急展開に持っていくつもりはないよ?
「急展開というなら、君たちにとってはもう既に急展開だろうし。
「あくまで僕は普通の神主だ。
「神主は一般的じゃない気もするけれどね。まあそれはいい。
「要は、そんなに構えなくていいってことだ。言い方を少しばかりキツくしただけ。
「まあ、丸く言うと除霊になるかな。
「それを、いきなりですまないけど優勝候補の君たちにやってほしいワケだ。
「え?真希から聞いてないのかい?真希は優勝候補の一人だよ?
「自分の妹のことをよく言うのはあまり気が進まないんだけど、真希は巷でも名高い槍の名手だったりするんだ。
「まあ、こんな風に調子に乗るから言いたくなかったんだけどね。
「それはともかくとして。
「本当はね、僕たち大人陣が対処するのが一番なんだけど、今回はそうはいかない。
「いろいろ理由があって。それは後で言おう。
「で、まあ、対象はと言うと今日の大会の優勝候補の一人だ。それでもって、実は中でも一番優勝の濃い奴だったりする。
「ここからはちょっとでも聞き逃すと混乱するだろうからよく聞いてね。
「鍵醒鳳導。
「それが彼の名前だ。
「とにもかくにも、そいつが除霊対象だ。
「僕の、扇正の、君の父方の同級生でもある。
「お、灼山君は頭の回転が速いね。そう。その通りだ。
「今日の大会に十八歳以上は参加できない。
「参加規程は十二歳から十八歳の、中学生から高校生。
「じゃあどういうことか。
「彼は十五年前に亡くなっている。まだ僕たちが君たちと同じ、中学生のときに。
「というか、この場合無くなっていると言ったほうが正しい。
「彼は、とある護石に呪われ、跡形も無く消されてしまった。
「彼が自分で招いた事故だったんだけどね。
「彼は、言うなればパンドラの箱を開けてしまったワケだ。
「彼は消えて無くなった。僕たちはずっとそう思っていた。
「まあ、僕たちは当時中学生で、友人だったこともあって、精神的にそう思い込むことしかできなかったというのもあったんだけど。
「しかし、事実は違った。
「彼は自分の影という形で蘇っていたんだ。
「何故今までそれが分からなかったのかって?
「言っただろう?彼は自分の影として生まれ変わったんだって。だからだ。
「影は、見えない。
「もっとも、それだって大きくなれば流石に分かるけれど。
「だから事情が明らかになったっていうのもある。
「まあでも、それだけなら別に支障は無かった。
「特に危害はないからね。
「でも、そうはいかなかった。
「彼は、完全に蘇ろうとしている。
「その方法を知ってしまったんだ。
「彼の厄介な点としては、記憶まで消えてはいなかったこと。
「むろん、記憶が体ごと跡形も無く消えてしまっていたなら別にほっといてもよかったんだけど。
「じゃあ、記憶が残っているとどんなことが厄介なのかというと。
「それは、僕や扇正らと同じくらいの知識と経験を持ちながら、僕たちより遥かに高いステータスを保持できるているということだ。
「・・・そういえば僕が聞いている限りでは、少なくとも灼山君と今城君にはあの護石が見えているみたいだし、折角だから見えた色を言ってみておこうか。
「ふむふむ。いや、どっちが正しいとか、どっちが間違いだとかはないんだよ。
「人によって違う。というか、そもそも見える人があんまりいない。
「月原さんは・・・見えてるかい?
「ほらね。まあ、驚くことはないよ。
「強いて言うなら、灼山君の方がある意味素質がある。あとで来て。
「こらこら喧嘩しない。ある意味だ、と言ったろ?君はお父さん譲りの性格だね。
「ほんと、懐かしい。また会いたいもんだ。
「話を戻すよ。
「彼が生き返る、蘇る方法はもう分かっている。
「彼も、僕たちも。
「護石によって消されたんだ。だから、護石の力を再度受けるだけでいい。
「それだけでいい。
「ただそれだけで、彼は蘇れる。まあ、百パーセントとは言い切れないが。
「じゃあ彼のために護石を渡してあげればいいんじゃないか、と言われると、そうでもない。
「彼にこの護石を渡すといろいろ不都合が起こるんだ。
「これも知らなくていいけれど。
「・・・おっと、思ってたより時間が無くなってきたね。ここからはちょっと捲きで話そうか。
「簡単に言うと、この護石には夜叉が封印されてる。
「誤解を招くだろうから先に言っておくけど、夜叉ってのは人間を形容したものではない。
「夜叉、という単体の化物。
「化物というか、災厄と言った方が正しいんだけど。
「まあ、それで言ってしまうならば、封印されてるのはどっちかというと夜叉の魂なんだけど。
「神が誤って生み出してしまった、『失敗作』。
「ああ。神様が間違って、そのまま力を受け継がせてしまったんだ。
「それを取り消そうとしたことで、夜叉に叛逆の意志が生まれた。
「だからこそ、神の決めた運命を変えれる、唯一の存在。
「万物の理の最終点に位置し、神と対峙することができる唯一の存在。
「それが、それの魂が、あの小さな石の中に封印されているんだ。
「霊力も、その密度もおよそ測り知れない。
「だから、通常は触れるだけで充分制裁を受ける。
「魅了し。
「触れさせ。
「消して。
「取り込む。
「それがこの護石の悪魔のような魅了能力だ。
「だからもちろん、この護石は大切に、かつ厳重に保管されていた。
「・・・そう考えれば、今城君や灼山君は危機一髪だったね。
「扇正の保管能力の所為で消されていたかも。
「意外と冗談抜きで。
「しかし、君たちと違って鍵醒はそれに触れてしまった。
「まあ、そうは言っても鍵醒の奴は辛うじて吸収はされなかったみたいだけど。
「彼の性質上。
「だから、彼は生き返れる。蘇れ、甦れる。その余地がある。
「そして、僕たちはそれを命懸けで阻止しなければならない。
「それを君たちにも手伝ってほしい。
「君たちにしてほしいことは、一番単純で、それでもって一番難しいことだ。
「鍵醒を、倒してほしい。
「倒すと言っても、試合に勝つだけでいい。今回のケースは非常に特殊だから、鍵醒の経緯を知っている者が彼に勝つことで、それだけで充分除霊は完成する。
「この大会にて十五年前の呪いの因果は終結を迎える予定だ。
「今のところは。
「僕たちに出来ることは、せいぜいその因果のアフターケアくらい。
「本当にそれくらいだ。
「主役も、花形も、汚れ役も、全て君たちに担ってもらう。
「むろん、君たちが嫌だと、やりたくないと言うのなら話は別だ。
「僕たちが彼と切磋琢磨の殺し合いをすることになるけれど、多分失敗に終わるだろう。
「間違いなく、と言ったほうがいいかな。
「何故そう言い切れるかって?
「彼は勝つことによって、エネルギーを得て強くなるから。
「大会で全勝した彼は、影についての能力を使いこなせることができているという前提に基づくと、十五年前を遥かに凌駕する力を持っていることになる。
「そして、その後護石を取り込んだ彼を、もう止めれるものはいないだろう。
「分かるだろう?通常状態でも俺や扇正と渡り合えるような奴が、伝説の、夜叉の魂を身に着けたらどうなるか。
「そうなると、この世界は冗談抜きで彼の手に堕ちる。
「まあ、でも、こんな計画を知らなかったところで君たちは優勝を狙いに行ってたと思うんだよ。
「じゃあ、普通は逆だろうけど、これくらい砕けた考えで望んでくれても構わない。
「優勝ついでに世界を救う、と。
「無駄に硬く構える必要はない。
「ただ、油断はしないで。
「何度も言うけど、極度まで弱体化しているとはいえ、相手は昔、僕や扇正と張ってたくらいの奴だから。
「気を抜くと負ける。
「正直、気を抜かないでやっても勝てるかどうかは微妙だ。
「あくまでも真剣にね。
「それじゃあ、説明も終わったところで具体的な計画を言おうか。
「その前に、一応聞いておこう。
「手伝ってくれるかい?
「・・・うん。ありがとう。その回答を待っていたよ。
「じゃあ、言うよ?
「奴を除霊するチャンスは全部で四回。
「君たちがそれぞれ一回ずつだ。
「うん。そうだ。もちろんたまたまじゃない。ばれないようにちょっとトーナメント表をいじくっておいた。
「そうは言っても、君たちにとってもいいことなんじゃないのかい?初戦から優勝候補同士で戦うのは面白みがないだろうし。
「大袈裟じゃなく世界を護ろうとしてるんだ。神様もそれくらい許してくれるだろう。
「で。
「対戦順は、月原さん、真希、灼山君、今城君の順だ。
「そして、後になればなるほど鍵醒が力をつけていくだろうから、勝つのはどんどん難しくなっていく。
「まあ、今城君の時まではまだ勝てる余地があるとして、この大会中に倒せなかったら非常にマズイ事態に陥る。
「だから、それも考えると女性陣の間で倒してほしいところではある。
「もし、彼を大会中に倒せなかった場合は・・・その時は僕たち大人陣の勝利を願っておいて。
「出来るだけの処置はするから。
「その処置も、効くかは分からないけど。
「・・・確かに、いきなりの急展開にびっくりしてると思う。
「スケールの大きさも含めてね。
「それに、中学三年生の君たちに、可能性があるからとなんの予告もなしにこの世界の命運を懸けるのは酷だとも思う。
「でも、僕たちは君たちを脅す為に、プレッシャーをかける為にここに呼んだんじゃない。
「あくまで君たちが仲間だという認識と、「除霊の手続き」をさせる為だ。
「もちろん、多少の代償はあるさ。
「―――誰かを護るってことは、そいつに無いはずの罪を着せるのと相成るんだ。
「そして、その罪を受け入れるのも、また強さだ。
「心の片隅にでも置いておいて。
「まあ、心配しないでいい。する必要はない。
「僕はね、力の無い者の自己過大評価は悲しいものだと思うけれど、それよりも力を持っている者の自己過少評価は悲しいと思うんだ。
「大丈夫。
「君たちは、充分に強い。
「この厳格な扇正が認め、太鼓判を押したほどだ。
「なかなか無いよ?扇正がここまで絶賛するのは。
「君たちは知らなかったかもしれないけどね。
「だから何度も言う。
「大丈夫。
「君たちは充分強い。
「鍵醒にも充分勝てる実力を持っている。
「だから、心配しないで。
「君たちなら、充分世界を救える。」





06
   *
そこで、狗改さんは語るのを終えた。
いきなりの急展開に確かに慄きながらも、決意は意外とすぐに固まった。
親父からそんな話は聞いたことなかったんだけどな・・・
確かに、普通じゃない気もするけれど。
まあそれはともかくとして、気がつけば、もう時刻は八時を回ろうとしていた。
大会開始は九時。会場がいつもの道場だったら全然大丈夫だったのだが、今日は町の中心にあるホールで開催される大会に出場するため、今から向かわないと間に合わないこともあって俺と葵と真希は少し急ぎ気味に大会ホールへと向かった。
ちなみに大雅は護石のことで狗改さんに呼ばれていて、後でホールに来るらしい。
「へぇー知らなかったなー。あの祭壇、護石が置いてあったんだねー。」
葵が思い出したように言った。
狗改さんの話でようやく分かった事実だったのだが、彼女に護石は見えていなかったのだ。
「・・・でも、何で私には見えないんだろ。真希ちゃんは知ってた?」
「うん。一応。」
「ところでお前には見えてんのか?」
「うん。青一色に。」
青一色。
確かに狗改さんの言う通り、それぞれ見える色は違うらしかった。
「他の色の種類は?どんなのがあるんだ?」
「私はあんまり知らないなぁ。赤と青と、紫くらいかな。」
「・・・ちなみに、その色には何か意味があるのか?」
「うん。それぞれ鬼の種類を表してたはず。狗兄ならすぐ答えられるんだろうけどなー。」
真希は頭の後ろで手を組みながら言った。
鬼。
真希が言うところの「鬼」は、その人の性格を形容したものなどではなく、俗に地獄の番人と言われる方の「鬼」なのだろう。神事関係の仕事をしているとそうでもないのかもしれないが、一般人の俺からすればどんどん現実味が薄くなっていく。
除霊とか。
呪いとか。
今まで関わったこともないようなことに巻き込まれ、たった数十分の間に世界の命運を任されてしまうだなんてそれこそ神も仏もないように思えてしまうのは皮肉としか言いようがないけれど、それでも任されてしまった以上何の問題も起きずに事が終わるのを願うしかないだろう。
狗改さんはああ言ってくれたけど、もし大会中に鍵醒鳳導を倒せなかったとしたら、と考えると鳥肌が立つ。
・・・敗戦のイメージトレーニングはしない方が無難か。
「まあ、狗兄が大雅君にしようとしてることは大体予想がつくけどね。私と同じタイプだと分かった今、鍵醒に勝つ確立はぐんと高くなるわけだし。」
「同じタイプ?」
「うん。護石の見え方によってタイプ分けできるんだよ。まあ、護石が見えない葵ちゃんが一番健全だったりするんだけど。」
「いえーい!」
葵が勝ち誇ったように言う。
何で勝ち誇ってんだよ。
ちなみに俺のタイプはどうなんだろう。健全なのかな。
「いや、残念だけどそれはないね。というか、護石が見えてしまってる時点でもう健全だと言うことはできない。」
「そうなのか。」
真っ向から否定されてしまった。
悲しい事実だった。
「まあ、詳しいことは後で狗兄に聞いて。私は基本、あいつの手伝いをしてるだけだから。」
「うん。そうするよ。」
話題は大会に戻る。
「ところで、鍵醒はどっちでエントリーしてるの?」
葵がふと、尋ねる。
「ん?」
葵の質問の意図が汲み取れない。修飾語使えよ。
「だから、素手か剣か。」
「ああ、そういうこと。狗改さんに聞いとけば良かったな・・・」
「どっちもだよ。」
俺が答えられなかった質問に、真希が変わりに答えてくれた。
「え?どっちも?」
「そのまんまの意味だよ。素手と剣、どっちでもエントリーしてる。狗兄から聞いた話をそのまま言っただけだけど、鍵醒鳳導はなかなかオールマイティーに戦える奴だったらしいから。」
「じゃあ、相手によって戦法を変えることができるってことか・・・それも結構厄介だな・・・」
・・・御雨扇正と充分張りあえた。
狗改さんはそう言っていた。
この十五年間、道場にぶちこまれて十年間の間に、俺は御雨扇正という男より強いであろう人物を見たことがない。もちろん、俺だってどれだけ手加減してもらったところで勝てたことは一度も無い。
そんな彼と、手加減無しで渡り合える。
その事実だけで気が怯んでしまうというのは、いささか弱気になり過ぎな気もするけれど、俺たちは今からそいつとこの世界を懸けて丁々発止戦わないとならないということを鑑みれば仕方ないことだと思いたい。
武者震いであってほしいところだ。
   *
―――会場に到着したのは開会十五分前だった。
・・・大雅は間に合うのだろうか。
そんなことを考えながら、更衣室に向かう。流石に同じ場所では着替えられないので、一旦葵と真希と分かれて更衣室に向かって会場内を歩き回っていた時のことだった。
「君が・・・今城楓君だね?」
俺より若干背の低い少年が唐突に話しかけてきた。
「そうですけど・・・」
「初めまして。僕のことは知ってもらっているかい?」
すみません。知りません。とは言うわけにもいかず黙っていると、そうですか、意外ですね、と言う返事が返ってきた。
意外も何も、結局俺は要項を読まなかったので、選手の名前を把握できてないのだ。
「・・・すみません。」
「いえいえ。それに、今は同い年くらいなんだ。もう少し砕けてもらって構わないんだよ?」
「・・・」
一瞬、何かに引っ掛かった気もするんだけど・・・いや、一瞬とは言わず、ずっと何かを見落としている気がする。
とても重要なことを。
「まあ、お互い理由があって優勝を目指してるんだ。共に頑張ろう。」
短い会話を交わした後、じゃあまた後で、と少年は向こうへと歩いて行った。
何がしたかったんだろう・・・・
対戦相手の確認か?
ふと、今の会話の何かに気がついた気がして、後ろを振り向く。するとそこにさっきの少年の姿はなく、代わりと言わんばかりに自称ヒロイン代表の名目を掲げている少女、橋本薫が立っていた。
いや、ヒロイン代表を掲げている少女は結構いるんだけど。
「何?とうとう私の座を狙う輩が出てきたの?」
「いつからお前の座になったんだ。」
それに、少女なので輩ではない。口悪いわ。
「いやいや私はこう見えて、ヒロインとして今城君たちをちゃんと応援しにきたのよ?ちゃんと勝負服も着てきたんだし。」
「勝負服はまた違うと思うんだけど。」
「願掛けと思えば悪くないでしょ?」
「まあな。」
ファッションにあまりこだわりを持っていない俺にはその名称がよく分からないのだけれど、こいつ普通にオシャレだよな。勝負服だからなのかもしれないが。
女子なら普通なのか?
葵は俺と同じくそこまでファッションを気にしないので、身近なところでは計れない。
「私が応援するんだから、負けたら承知しないからね?」
「任せとけ。みるみる勝ち進んでやるよ。」
朝の会話もあり、若干ナーバスになっていたところにされた激励は確かに意味をもたらしたようで、失くしかけていた自信をなんとか持ち直した。
「そう。その意気込みが空振りしないことを祈るわ。私の応援しているもう一人の選手もそうだけどね。」
「?」
「知らなくていいわ。心配しなくても彼氏じゃないから。」
「いや、別に彼氏でも全然いいんだけどな。お前ならいてもおかしくないだろうし。」
「それがいないのよ、私にはね。魅力が足りないのかしら。」
「まあ、それこそ心配しなくてもお前ならいつか出来るだろうさ。」
「ならいいんだけどね。まあ、私はそこまでリア充になりたいとも思ったこともないし。今はヒロイン代表の座を死守することに専念するわ。」
だからあなたも、主人公でいられるように頑張って。と、彼女はいつものクールな性格からは想像もつかない、考えられないようなとびきりの笑顔で、そう言った。その表情はまさしくヒロイン代表と呼ぶに相応しく、その笑顔をもう一度見るために生きようと思わせるような、そんな笑顔だった。
   *
―――大会開幕。
全て挙げていくとキリが無いので、重要な回戦だけ挙げていくとするならば、取り敢えず全員第三回戦までは難なく勝ち進むことができた。(ちなみに、大雅は無事開会式に間に合ったようだった。)ただ、それ以降は中々の強者に絞られていったわけで、だんだんと余裕が無くなっていったわけで。
鍵醒鳳導との勝負の以前に負けてしまっては確立がうんと下がってしまうので、できれば作戦を知っているメンバー全員に勝ち進んで欲しかったのだが、ここでとあるハプニングが発生してしまった。
月原葵が鍵醒との対戦前に敗退してしまったのである。
俺は彼女と同時進行で試合を行っていたため、その敗戦については真希から伝えられることになった。
試合の合間を縫って葵に会いにいくと、葵は俺に気づいた瞬間に思い足取りでこっちに向かって来て、
「・・・ごめん。」
と、申し訳なさそうに謝った。
「しょうがないだろ。手を抜いてないんだったら、もうしょうがないとしか言いようがないだろ。」
すると、葵は泣きそうになって俯いた。
・・・なんか俺が泣かせてしまったみたいだ。俺の中では慰めたつもりだったんだけどな・・・
いや、これもしょうがないか。
「まあ、相手は優勝候補の一人だったんだからな。」
そう言いながら、試合が終わった大雅が近寄ってきた。
「え!?そうだったのか!?」
知らなかった・・・
でも、確かにそうだったな。
師匠は、優勝候補は異例の六人だ、と言っていた。
分かっているのは、俺こと今城楓、腐れ縁の極みこと灼山大雅に、その幼馴染であるところの月原葵。それと漫画のような衝突犯の水村真希に、除霊対象鍵醒鳳導の五人だけだった。
てっきり脅威は、仲間はこれだけだと思っていたが。
あと一人。
あと一人が、把握できていなかった。
「なあ、葵。お前が負けた対戦相手って・・・」
「・・・」
「寺野茜。」
大雅が黙っている葵の代わりに答える。
「寺野茜だ。残り一人の優勝候補は。エントリーは剣術。」
「鍵醒の仲間である可能性は?」
「ないね。」
真希が試合を終えてきた。
ついさっき始まったはずの試合だったと思うんだけど。
終わんの速過ぎるだろ。
「惜しかったね、葵ちゃん。あと一ポイントだったのに。」
そんなに接戦だったのか・・・やっぱり、ここら辺まで上がって来ると力の差がそこまで開いていないのか。
「で、どういうことだ?真希。」
大雅が続ける。
「ん?何が?」
「だから、仲間じゃないって・・・」
「ああ、そのことね。うん。ない。可能性は0だ。」
真希は言い切った。
「何で言い切れるんだ?」
「見たところ、彼女に霊力はほとんど皆無だ。霊力が無ければ、そもそも密接に鍵醒と関わることができない。だから。」
「なるほど。」
全ての可能性を精査した結果か。
真希は裏でいろいろ情報収集をしてくれていたみたいだ。
それに比べて、俺は何も出来ない。
だから、せめて勝ち続けないと。
負けるわけにはいかないのだ。
「さて。」
真希が話題を変える。
「次の試合は、みんな入ってないでしょ?」
「ああ。俺は次の次だ。」
俺も同じく、と大雅。
「じゃあ、暇つぶしにでも応援しておいてほしいんだよ。」
私の次の対戦相手、鍵醒だから、と。
真希は笑顔で言った。
   *
―――この試合は十ポイント先取で決着がつく形式がとられている。
一本一点業あり二点。
それはどういうことを意味するかというと、たとえ一対九の危機的状況であっても、一ポイントさえ死守すれば逆転が可能であるというメリットがあるということであり、裏を返せば九対一という非常に有利な状況からでも、油断をすれば逆転される可能性があるというデメリットもあるということである。
今現状だけを見ていると真希対鍵醒戦は、八対二という非常に有利な展開で進めることができている。しかし、前に述べた通り、油断は許されない状況である。
実は、真希は最初に八ポイントを連続先取するというファインプレーを見せたのだが、一度ミスをしてしまい、それによってエネルギーを得て力をつけた鍵醒が追い上げてきているのだ。あの一回さえミスしなければ楽に勝てていたのだろうが、今の戦況は正直、目を話せない。
というか個人的にそれよりも驚いたのは、鍵醒の正体である。
更衣室に向かう途中で話しかけてきた少年。それが、まさしく鍵醒鳳導であったことに、どうして俺はそのとき気づかなかったのだろう。
少し考えたら分かることだ。
名乗っても無いのに名前を把握されていて。
言ってもないのに目的があることを察知していて。
今は同い年くらい、とワケの分からないことを言う。
それだけのヒントが与えられていたのに。
・・・まあ、今更後悔してもしょうがないんだけど。
しかし、重要な事は気づけなかったことではない。もっと他にあるはず。
考えろ。考えろ。それは―――
「業あり!」
審査員の声で我に返る。気がつけば、ポイントは同点まで縮められていた。この少しの間に、相手に一点も取らせることなく六点もの大得点を獲った鍵醒は、なるほど少しずつ完全体に戻ってきていることが分かった。
しかし、そこで真希がまんまとやられるわけもなく、相手の、ほんの数秒の間のすきをついて一点を得点した。しかし、鍵醒は何事も無かったかのように、あと一点で敗戦にも拘らず、まるで一寸の焦りも見せずに同点まで追いついた。
速い。剣先の動きから柄の握り方まで、全く狂いもなく凄い速さで、まるで体の一部かの如く竹刀を動かしている。
真希を弱いなんて全然思わないし、むしろ俺たちより強いのではないかと思うくらい真希のことを強く見ているが、それでも鍵醒は軽くそのレベルを超えている。
持ち直したはずの自信が、また失せていく。
勝てるのか。俺は。大雅は。
本当に、全て終わってしまうぞ?
本当に、全て・・・
―――そして。
「業あり!」という声がして、真希はその場に倒れ込んだ。
真希は負けたのである。
もう、竹刀本体なんて見えなかった。見えたのはその残像だけ。その残像のうちの一つが、真希の身体を強打した。
速さも、パワーも、桁違い。
御雨扇正と、渡り合える。
その理由が、ワケが、分かった気がした。
真希は急遽保健室に運ばれたが、不幸中の幸い、大事には至らず、すぐに開放されたらしかった。
   *
―――第一準決勝。
大雅と鍵醒の試合。
激励の為、大雅のところに駆け寄る。
「なあ大雅。大丈夫なのか?」
「何が?」
「へ?」
意外な反応だった。なんだよ。俺が珍しく励ましてあげようと思ってたのに。
「いや、その、さっきの試合見てビビってんじゃないかなーと。」
「んなわけあるかよ。」
大雅は至って普通、というふうに、むしろ、そんな考えを嘲笑うかのようにそう言った。
「何でそう思わないんだ?」
「だって俺、強いし。」
・・・いつからそんなキャラになってしまったんだ。
俺はそんな子に育てた覚えはないぞ。
「お前に育てられた覚えもねーけどな。」
「ありふれた会話だな。」
この瞬間にも世界中のどこかでされてる気がする。
「やってらんねーだろ。怯えることなんて。」
「・・・」
確かにそうだ。
やってられないな。
怯えるなんて。
怖がるなんて。
だからこそ、狗改さんは俺たちに言ってくれたんじゃないか。
君たちは充分に強い、と。
それが例えお世辞でも。
そうでなくても。
その意識を忘れないように。
折れたら負け。
逃げたら負け。
大雅はそれを、心に留めていた。
改めてこいつは凄いなと、心から改めさせられた瞬間だった。
   *
―――第一準決勝が終わった。
速くも、終わってしまった。
結果から言ってしまうと、戦況は極まって悪いものになってしまったのだ。
あの、俺は強い、と豪語していた灼山大雅が。
負けるわけないだろ、と言っていた彼が。
宣言道理、勝ってしまったのである。
・・・信じらんねぇ。
では、それでなぜ、戦況が悪化したと言っているのか、むしろこの事件が良いように収まって喜ばしいことではないのか、と言われると、そうではない。じゃあ、お前の気持ち的に悪化してしまっているのか、と言われると、それもまた違う。
忘れていた。
鍵醒鳳導は、知識を、経験を残しているのだ。
それに一番に気がついた真希が速攻で師匠と狗改さんに連絡を取るという神対応を見せたので、若干の気休めにはなったが、それでも安心はできない。
灼山大雅は、期せずして勝ってしまった。
勝てる余地、ではなく、負ける余地が無かった。
本来ならこの準決勝では、灼山大雅対鍵醒鳳導の一on 一が行われるはずだった。
はずだったのだけど。
その試合は行われることは無かった。
ここまできたら、勘の悪い人でも察しがつくだろう。
準決勝戦が行われなかった理由。
大雅が勝ててしまった理由。
それは。
鍵醒鳳導が試合を棄権したからである。
大雅は、不戦勝にて勝利を収めた。
言い換えてしまうと、逃げられたのである。
彼の目的を考えれば、逃げた、というより一旦退いたというべきなのだろうけど。
試合開始の合図がかかってから十分間待ったが、鍵醒が来ることはなかった。それで結局棄権扱いになり、この準決勝は大雅が制したということになった。
でも、何故?
今の彼のコンディションなら、百パーセントとは言わなくても勝てる可能性は極めて高かったはず。自ら棄権してしまえば、除霊される可能性は無くなったとしても、蘇ることはできないのに。
大雅を恐れる理由?
・・・まあ、それを考える前に師匠たちとこれからの予定を相談しなくてはいけないか。
そう思い、携帯を持たない主義の師匠ではなく、狗改さんに電話することにした。
「そうだね・・・君は次、準決勝で、勝てば大雅くんとの待ちに待った決勝戦なんだろ?じゃあ、君たちまで権限を放棄してこっちに来ることはない。決着つけておいでよ。あくまでこれは五年に一度の貴重な大会なんだ。安心してどっちが強いか決めてから、また連絡してきたらいい。じゃあねー、頑張ってねー。」
一切喋らせてもらえなかった。一方的な決め付けをされたのはあまり快いものではなかったけれど、今の混乱している状態で俺が的確な意見を言えるをとも思えなかったので、どこかほっとした風もあった。
電話を切って数秒後。大雅を見つけ、取っ捕まえる。
「・・・勝っちゃったな。」
「うん。宣言道理勝ったぜ。不戦勝だけどな。」
正直な奴だな。
「まあ、決勝戦で待ってる。上がってこれるんだろうな」
「任しとけ。鍵醒と決勝で戦わなくて良くなったんだ。優勝は俺がもらうぜ?まあ、精々今のうちに素振りでもしとくんだな。」
「いやいや、そんなことしたら俺圧勝しちゃうし。おもしろくねーからやめとくよ。」
「・・・まあ、決勝戦で待ってろ。」
「ああ。待ってる。絶対上がってこいよ。」
そんな、たわいもない話をする。別段、鍵醒のことを忘れているわけではないのだろう。これから準決勝戦に向かう俺に対しての配慮として、俺が気に掛けないように、言わないでおいてくれているのだろう。
流石だ。
腐れ縁も、中々悪くないな。
   *
―――第二準決勝戦。
今城楓対寺野茜。
初対面の優勝候補。
大雅と戦うためには、ここを突破しなければならない。
黒帯をきつく締める。
礼をして、寺野茜と向かい合う。
相手の竹刀は、真っ直ぐこちらを指差していた。
始め、という合図と共に飛び出し、一撃目。相手の胴に当たり、一ポイント目を獲得することができた。上々のスタートであった。
・・・しかし、恥ずかしい話、その後の7ポイントは全て取られてしまい、一対七の悪戦に持ち込まれてしまった。今までの試合は最大でも三ポイントまでしか取られていなかったので、自然と焦りが生まれてくる。
そのとき、ふと、思いついた。
俺が久しぶりに頭を使ったということだ。
両者共に同じ、薄い防具をつけさせられているので、俺としてはいつも着けていない防具を着けさせられ、機動力が若干失われている代わりにいつもよりダメージは大幅に軽減されている。そして相手は、いつも着ている鎧みたいな防具ではなく、薄い防具を着けさせられていることもあり、機動力を手に入れた代わりと言っては割に合わないほど受けるダメージは大幅に増加しているわけだ。つまり、攻撃型の俺にとってはいいことづくめなことばかり。どういうことかというと、相手にダメージを与えてしまえばこっちのペースに持ち込めるということ。
一回。一回でいい。相手に強いダメージを与えられれば。
―――その計画を立ててから暫くすると、寺野茜が竹刀を大きく振りかぶった。
チャンス。
開いた腹部を狙って、渾身の横薙ぎ払いを繰り出す。
審査員から「一本!」という言葉が聞こえ、若干安堵する。見ると、どうやら相手に咳き込ませる程度のダメージを与えることに成功したらしかった。
そこからの展開は読みどおり、相手の動きは明らかに鈍り、サクサクと点数を稼ぐことができた。
そしてその後、一点の失点は許してしまったが、無事勝つことができたのだった。
形式としては、鍵醒と同じような試合の持っていきかたになってしまった。
機転を利かせ、起点を作れば良かったのだ。
「おめでと。」
薫がやってきて、最初に発した言葉だった。
「ありがと。」と返す。
「茜ちゃん、惜しかったけど負けちゃったかー」
「お前が言ってた他の人って、あいつだったのか?」
朝の会話が思い出される。
「えぇ。私は優勝候補二人を応援してたのよ。だから、どっちが勝っても嬉しかったわ。」
薫が胸を張って言った。
「いい奴だな。流石・・・」
「流石私ね。」
「もう少しで全部言えたのに!台詞を潰すな!自分で言うな!」
もう少しカッコつけさせろ。流石にダサいだろ。
「いいじゃない。あなたは今から、好きなだけカッコつけれるんだから。こんなところでカッコつけてないで、決勝で勝って、優勝してから存分にカッコつけなさいな。相手は灼山くんなんでしょ?あなたの好敵手だって噂も聞いてるわよ?」
「ああ。合ってる。」
どっちが本当に強いかは、まだ決まってない。
今から決める。
五年に一度の、この大会で。
まあ、精々頑張って、と言って、それだけの会話を交わして、薫は向こうへと歩いて行った。
   *
――――決勝戦。
そういえば余談なのだが、休憩時には真希や葵の姿は見えなく、二人だけで除霊の手伝いに向かったのではないかと心配していたのも、決勝戦の時には選手応援席に座っていたのでそんな不安は払拭され、安心して決勝に望むことができたのだった。
本当に余談である。
決勝戦は、特別に二十ポイント先取になっており、スタミナの使い方も試されるように仕組まれている。
今城楓対灼山大雅。
どちらも御雨道場の出身であり。
互いが互いの好敵手であり。
それ故。
因縁の対決である。
それぞれが構える。
「始めっ!」
「うおぉぉぉぉっ!」
「あああぁぁぁっ!」
一撃目。雄叫びと雄叫び、防具を纏った拳と、竹刀がぶつかり合い、反動で距離が離れる。
フィールド上だけでなく、観客席からも緊張が伝わってくるのが分かる。
正拳突きがかわされ、竹刀が振り下ろされたが、それをひらりとかわす。だが、大雅はかわされた竹刀を180度回転させ、柄で胴を突いた。
「一本!」という審査員の声が聞こえ、それと同時に歓声が上がる。
気を取り直して次。
開始直後に振られた竹刀の薙ぎ払いを受け、一回転して対応するように拳の薙ぎ払いを繰り出す。
「一本!」
歓声が上がる。
次。
胴突きを避け。後ろ向きのまま肘で竹刀を叩き落とす。大雅が攻撃不能になったため、今城楓に一ポイントが入った。
次。
大雅が正拳突きからの薙ぎ払いを上手くかわし、相手の背中に回り込んで横薙ぎ払いで一撃を加えた。
剣道のルールではアウトなのだろうが、ここではそのルールは適用されないため、灼山大雅に一ポイント。
まあ、ここまではあくまでも両者、相手の出方を伺うことが目的なようで、だから数秒で決着が付いたというのもあったのだが、ここからは打って変わる。相手の行動パターンが大体とはいえ分かった今、一戦一戦が長期戦になるのは免れない。ある程度の体力と気力を保っておかないとすぐに追い抜かれる。相手はお互いにライバルの関係である。あくまでも余裕ではないのだ。
事実、つぎの回は二分間にも及ぶ激戦になった。
結局最後の一手は大雅の切り返しによって決められ、ポイントは三対二になった。
その次の二回は、今城楓がポイントし。
その次は、灼山大雅がポイントした。
流石、同じ場所で、同じ月日に、同じ年月、同じ人から稽古を受けている二人はポイントがそこまで開くことなく同点まで追いついた。
四対四。
ここまでで、両者まだ五分の一しか点数がとれていない。
かなりの長丁場である。
次の回で、今城楓は竹刀の振り下ろしを片手の逆立ち前転で避け、そこから踏み込んで大雅の方に走り出し、薙ぎ払いの振り抜きをするという業を見せ、業ありで一気に二点を獲得した。
それに負けじとするかの如く、大雅も正拳突きを柄の先で受け、竹刀を二回転させて胴に突きを入れる業で、業あり二点を獲得した。
観客席から歓声が上がる。
六対六。
両者あと十四点。
二人とも息が荒くなってはいるが、まだまだ気力は尽きていないようだった。
次。
大雅が怒涛の突きのラッシュで攻め、楓も正拳突きで応じる。しばらくすると、竹刀の先端と拳がぶつかり、一から二秒くらいの間両者動きが止まった。
同時に動き出す。
楓は、そこで、それまでずっととっておいた技を出した。
蹴り。
今までの四試合と十戦の間、使用頻度の優先順位はトップクラスのはずの蹴りを、作戦を立てられるのを防ぐ為、使わずにとっておいたのだ。
vs灼山大雅の為に。
楓の思惑通り、大雅は忘れていたのだろう。
予想外の攻撃に反応することができず、面の部分に一撃が喰らわされ、楓に業あり判定で二点が入った。
六対八。
ここからは、両者業ありの連続で、観客席からの歓声はずっと止まることはなく、会場の盛り上がりはどんどん増していった。
その内容について、次。
大雅は少し打ち合いをし、タイミングを見計らって竹刀を空中に、楓の後ろに投げ、回り込んでキャッチした後、振り向いた楓の胴に向かって一撃を喰らわせ、業あり判定を勝ち取ることが出来た。竹刀が地面に落ちた瞬間に相手にポイントを与えてしまうことから、その捨て身の攻撃と正確性に会場は歓声に包まれた。
次。
またもや大雅の攻撃で、普通、相手が剣でないと使えないであろうカウンター攻撃を応用し、見事決めて業あり。
次。
楓は、振り下ろされた竹刀を上に跳ね上げ、その隙に足刀を決め込み、業あり。
次。次。次。次。・・・
気がつけば、点差無しのブレイクポイント、十九対十九になっていた。
会場の盛り上がりは最高潮。
次で決まる。
次で決める。
大雅は竹刀の先を楓に向けるように。
楓は拳の先を大雅に向けるように。
相手を強く見据え。
構える。
「始め!」
審査員の声も心なし、強くなっていた気がする。
全力を振り絞る。
一撃一撃が、本気。
一つ一つの行動が、本気。
寸分の狂いも無く、拳を振るう。
寸分の狂いも無く、剣を振るう。
他の事なんて、頭に無い。
突いて。
払って。
受けて。
避けて。
蹴って。
振って。
ただそれだけ。
それの繰り返し。
雄叫びが交じり合う。
交差する。
剣と拳が、ぶつかる。
そして。
「そこまでっ!」
審査員の声が聞こえる。
結果は。
―――タイムアップ。
つまり、同点である。
異例の結果に歓声が上がる。
まあしかし、このまま同点優勝とはならないんだけど。
もしそうだったら非常に良いであろう結果なのだがそうはならず、一週間後に再度決勝戦を行い、優勝を決めるそうだ。
でも、結局、同じなんだろう。
次も、多分同点で終わる。
大雅が、やれやれと言った表情を浮かべ、笑う。
彼もそう思ったのだろう。
そうに違いない。
そんなこんなで、五年に一度の大会は、幕を閉じた。
再試合はあるとは言え、異例の引き分けという形で。
たくさんの拍手と、歓声に包まれながら。





雨ノ話 〈前編〉完


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