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   『朝の日常風景』

         投稿者 : 僕


 最近、僕は自分がいつ死んでもいいと思っている。とはいっても、自殺とか自傷行為とかをするつもりは全くないから、正確には、いつ殺されてもいいと思っている。それは人生がとてつもなくつまらないからだ。 
 特に面白いことがあるわけじゃないのに、殆ど毎日学校にいく。そこでは特に役に立たない、興味を惹かない勉強を、あまり魅力的ではない、退屈そうにしている教員に指導されて行う。
 そして、何年かしたらまた、学校を卒業し、また新しい学校で、今度は少しだけ難しくなった勉強を繰り返す。
 6歳から20歳までこれを続けたら、会社に就職し、特にやりがいのない、つまらない仕事をして、給料をもらって、特に目的もなく生き続ける。これが楽しいという人の方がおかしいのだ。僕は普通だと思う。
 世論調査とかしたら、僕と同じような人生観の人は過半数を超えるんじゃないかと思う。多数派だったところで、何がどうなるってわけじゃないけども。
 僕は今、駅のホームで電車を待っている。いつもの習慣。いつもの光景。退屈だ。こういう時には、アクシデントについて考える。僕が容赦なく、理不尽に巻き込まれて死ぬような、そういうアクシデントだ。
 例えば、電車のドアから、顔に黒いタオルを巻いた某国際テロリストグループが出てきて、手に持ったAK-47で僕をハチの巣にする。
 例えば、僕の隣で電車を待つ大人しそうなおじさんが、突然懐からナイフを取り出して、僕を刺殺する。
 こうしてみると、人間の想像力ってすごいなぁと思う。幾らでも思いつく。そして僕はその妄想の中で、まったくおびえることなく、一歩も引くことなく殺される。
 退屈は人の恐怖心を衰えさせる。日本人の危機管理能力の低さは、きっとこういうところから出てきているのだろう。
 
 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ーーーーーー」
 僕の隣に立つおじさんが、突然大きな声を上げた。
 おじさんは、黒いビジネスバッグを両手で掲げるように持ち上げて、振り回し始めた。
 「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ーーーーーー」
 ビジネスバッグの角が、僕の左腕に当たった。痛かった。僕は腰が抜けた。おじさんが怖かった。

 僕は両手を後ろに着きながら、立ち上がることもできず、それでも結構速いスピードで、這いずるようにしておじさんと距離をとった。おじさんの近くで電車を待っていた人たちもおじさんから離れ、人波が割れた結果、おじさんの周囲だけ円が出来ていた。
 僕はまだその円の中にいたが、何とか立ち上がって、円の外に、人波の中に紛れた。

 しばらくすると駅員が来て、おじさんを取り押さえた。
 その日電車は少しだけ遅延して、僕は、学校の最寄り駅で遅延証明書を受け取ったあとは、珍しく何も考えることなく、学校に向かって歩いた。 


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