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   『世のため、人のため、俺のため』

         投稿者 : 弥生 灯火


 目を覚ますと、俺は病院のベッドで寝ていた。
 なんだって病院にいるのか最初は分からず、しばし考えてから次のことに気づく。
 
 ……記憶が無え。困ったぞ、おい。
 
 鏡に映る自分の顔を見ても、ちっともピンとこない。普通の、とりたてて二枚目でもブサイクでもない顔だ。
 ほどなくして現れた担当医師が言うには、俺は意識をなくした状態で運び込まれたらしい。しかし診察しても怪我はなく、至って健康体とのこと。
 記憶を失っていることには医師も眉を潜めたが、CTスキャンの結果は脳に異常無し。おそらく一時的な症状で、そのうち何かのきっかけで記憶は戻るだろうと。連絡してきた親類もおらず、どうしたものかと悩む。とりあえず所持していた免許証で住所は確認出来ていたので、俺は早々に退院して家へと向かうことにした。

「うむ、どう見ても一人暮らしだな」
 単身用の安アパートのまえでひとりごちる。古ぼけた外観を見てもさっぱり覚えがない。
 医師はそのうち回復すると言っていたが、自分がどういう人間だったか記憶が無いというのは、どうにも心もとない。日常生活に必要な事は覚えているが、どうにも落ち着かない。ゆえに俺は部屋のドアを開けると、早期に記憶を取り戻すための手がかりを求め、家探しを始めた。

「う〜む、これだけかよ」
 手に持つ日記帳を丸めて振りかぶり、自分の後頭部を軽く叩く。
 パソコンがあれば過去の閲覧履歴を、もしくはブログなんかを書いてたら手っ取り早かったんだが、残念ながら部屋にはそういう類のものは無かった。と言うか、驚くぐらい生活の痕跡というものが希薄な部屋で、記憶の手がかりになりそうなものは、かろうじて見つけたこの古い日記帳だけ。なんともアナログな、とは思ったものの他に何も見つからないので仕方がない。
 俺は壁に寄りかかり、少し黄ばんだ日記帳を開いて読み始めた。


八月一日
 『きょうからにっき つけることになった がんばろう』

 どうやら小学生時代のものらしい。たどたどしい文字で書かれた内容に思わず頬が緩む。
「へぇ、俺ってこんな字だったのか」
 懐かしさなど微塵も感じないが、いかにも子供な字を微笑ましく思いながら頁を進める。

八月四日
 『きょうは ちゃーくんと うら山のひみつきちで あそんだ』
「ん?」
 日記の片隅に、その日印象に残った出来事を描いたであろう絵が載っている。だが、それが少しおかしかった。うら山とおぼしき絵なんだが……
「なんで山なのに緑じゃなくて真っ赤なんだ?」
 クレヨンでぐちゃぐちゃと塗り潰されている色は赤の単一色。紅葉にはまだ早いだろうにと不思議に思い、更に文を読み進めると、

『ちゃーくんがかえったあと ひみつきち もやした あかい火がきれいだった おわり』
「おい、どんな遊びだ。それともそういう遊びが流行ってたのか?」
 疑問が頭に浮かぶ。が、考えても答えは出ない。俺は諦めて頁をめくった。

八月五日
『テレビで きのうのうら山 かじになったって 火はこわいとおもった』
「いやいや、火をつけたのは俺だろうが、っていうか消さずに帰んなよ」
『それとおかあさんに おつかいたのまれた おにくとたまご』

 ……なんだか話題を変えられた気がするのは、気のせいだろうか?

『おにくは かみついたりひっかいたりするから つかれる』
「待てぃ! 何故にバトルってる!? ハンターか何かかよ! なにさせてんだ母さん!」
 
 一瞬、親の正気を疑った俺だが、その考えは次の文を読んだ瞬間に霧散した。

『でもおつかいのとき おかあさんがくれるおかねってなんだろう おわり』

「だー、俺だ! おかしいのは俺だ!! と言うか母さんも察してくれよ、育てる中で気づく要因はあったろうが」

 日記を読み進めるごとに、俺と言う人間が分からなくなっていく。次はどんな奇行が飛び出すのかと、俺は変な覚悟を覚えながら次の日付を追った。

八月九日
 『きょうは おとしあな つくった』

「……こいつが作る落とし穴か。考えたくないな」
 すでに昔の俺に対する認識は赤の他人。変人以外の何者でもない。

『まじめな ようじくん おちた』
「すまんな、ようじくんとやら」

『そしたら くろかったかみがまっしろになって ないふをもつようになった こわかった おわり』
「待て待て待てぃ! どんな落とし穴だそれ、いやまさか、堕とし穴!? 違う、違うぞそれは! 決して落とし穴の『落とす』は堕落させると言う意味じゃ無い! っていうか本当に小学生か俺?」
 一体どんな小学生だったというのか。果てしなく謎が膨らむ。考えれば考える程、深淵につかりそうで、俺は半ば投げやりに疑問を封殺して次頁に進んだ。

八月十日
 『きょうはテレビで ようじくんのいえがうつってた ようじくんのおとうさん けがでにゅういんしたって でもテレビのおじさんいってた みせいねんの げきかってなんだろう おわり』
「す、すまん、ようじくん。本当にすまん。全部俺のせいだ」
 現在ようじくんがどうなっているかを知る術は無いが、とりあえず俺は出来る限りの謝罪の念を彼に送っておいた。

八月十二日
 『きょうはおまつりだった』
「で、今度はなにしやがった」

 もはや過去の俺に常識など求めはしない。それどころか無意識に脳がこれを自分の過去という事実にフタをし、全く別人の行動だと自己暗示を試みている始末だ。すーはー、よし、もう滅多な事では驚かんぞ。揺るがせない自信と共に俺は文を読み進める。

『はなび すごかった』
「なんだ、意外と普通? いやいや」
『いかやきとわたあめ おいしかった でもきんぎょとれなくてくやしかった おわり』

「……ほ、本当に何もないのか」
 準備した途端に肩透かしをくらい、拍子抜けをする。絵も普通の赤い花火だ。どれだけ見方を変えようと、普通以外の何物でもない。しばし頁を睨んだ俺は、諦めてようやく先に進む。

八月十三日
 『きのうのにっきのえ おかあさんに みしてあげた』
「へえ」
 急な普通の内容に、僅かに落胆する自分がいて慌てて頭を振った。そうだ、これでいいんだ。普通万歳、と脳内で反芻しながら、俺は日記に再び目を落とす。

『おかあさん「きれいなはなびね」っていった おかしいな ぼくがかいたの きんぎょのはらわたをぶちま――』
 俺はそっと日記を閉じた。
 盲点だった。そうか。そういう事か。どうりで花火らしき物が赤一色のはずだ。恐らく金魚が捕れなくて八つ当たりしたに違いない。

「俺、記憶が戻らない方がいい。と言うか、世のため人のためにも、その方がいいな、うん」
 今この瞬間、はっきりと決意した俺は日記帳を押し入れの奥にしまった。
 と言うより、二度と見ることのないよう投げ込んだ。


<作品のテーマ>

物語の起を記憶喪失にして、他は何も決めずオチも考えずに書いてみた作品です。
何か今ひとつな気はするけれど、読んで下さった方には感謝を。
   投稿者  : 古都ノ葉
お久しぶりです。

日常に潜むホラーが、無邪気に顔を出した。
誰も見ていない。
自分の中の「何か」

それでいて少し笑えるのは何故でしょうか。
これを大阪では「独りボケ、ツッコミ」と言います。このやり方をホラーでやっているのを初めて読みました。
すごく奥が深いですね。

私も頑張ろう。記憶がなくならないうちに。とか思ってしまいました。

読ませていただきありがとうございました。
   投稿日 : 2017/02/07 00:41
   投稿者  : 弥生 灯火
古都ノ葉さんへ
何も決めずに書くと、どういうわけかミステリーホラーになりがちなんですよね。
ジャンルを決めて書いてるわけではないんですが(不思議)
  
深いというか、相変わらず肝心な部分は読者に丸投げなんですけどねえ、あはは(逃)
確かにコメディなのかホラーなのか不明瞭な謎小説かも。

感想ありがとうございました&感想出来る作品の投稿お待ちしております(笑)
   投稿日 : 2017/02/07 21:05
   投稿者  : ひつじ使い
読ませていただきました。
これはアイデアが凄いですね。記憶がなくなって自分が書いていた日記をたどるという。なんだかすごくいい刺激をもらいました。
内容も面白く、最後までにやにやしながら楽しませていただきました。
これからも頑張ってください。
   投稿日 : 2017/02/10 22:22
   投稿者  : 弥生 灯火
ひつじ使いさんへ
自分探し小説です(笑)
日記ストーリはほとんど即興なので恐縮ですよ。
書きながら何かもう一つひねりが欲しいと思ったものの思い浮かびませんでした。

・・・ひつじ使いさんにお任せします(ぉぃ)
   投稿日 : 2017/02/12 20:35
   投稿者  : てこてこ
記憶喪失ネタで明らかに忘れたままの方が良いというのが斬新で面白かったです。
今ひとつと仰ってますが、多分淡々と日記を読むだけの展開で動きが何も無いので、そう感じてしまうんですかね? しかしながら私にもこれ以上の展開は思いつきません(笑)
変な感想失礼しました。
   投稿日 : 2017/03/14 21:41
   投稿者  : 弥生 灯火
てこてこさんへ
記憶喪失なのに思い出さない、という流れは良かったみたいですね。
でも、しっかりプロットなりオチなりを考えて書き出せば、良いミステリーになったかなあという反省が(汗)
日記のアイデアはほとんど即興だったのに、意外と好評を貰えていてビックリ。
深く考えたり練ったりしなくても、面白いと思われるのが書けるものですね、しみじみ・・・
   投稿日 : 2017/03/16 19:28
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