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   『ワタシデザイン』

         投稿者 : ランボ


「玲子さん」
バイトの休憩中、私は壁で仕切られた喫煙スペースの中からひとみの声を聞いた。
「何?」
「『自分』っていったい何なんでしょうね?」




「は?」
私が意味も分からず場当たり的な返事を返すと、ひとみはさらに続けた。
「私、この頃自分ってものがよく分からなくなってくるんです」
「あ〜…」
私はそこで、大体の彼女が言う問題の概要がつかめてきた。要するにエリクソンだのマズローだの、あの辺の悩みと言ったところか。この頃の若者がぶち当たる、自分探しなんて言う大層な悩みと言えば聞こえはいいか。
「はは、そういう悩み多き所こそ、『アンタ』たる所以だよ。物憂げな文学少女、それがひとみっていう女性……」
私がそう適当に返そうとすると、
「それこそ没個性じゃありません?」
とひとみは追求してきた。
「?」
「だって、それって私が『物憂げな文学少女』っていう枠組みに当てはまった性格ってことじゃないですか。私が言いたいのは個々人が……」
「あ〜〜〜」
私はだるそうな声をわざとらしく上げると、たばこを灰皿に捨てて喫煙スペースから扉を開けて出た。
「わかった。この問題は私の宿題にしとくから。しばらく考えさせて。休憩も終わるし、行こう」
「そうですね」
私たちは寂しげに光を放つ自販機をあとに、休憩室を出た。




 思えば、この書店で働いている奴らの個性なんて、一目見れば分かる。
 本を一冊一冊、綺麗に整頓しているひとみ。彼女は純文学が好きで、海外の作家にも少々手をつけているらしい。自分がなんなのかなんて、彼女らしい悩みだ。答えなんて彼女が読んでそうな本に、いくらでも載ってそうだけど。その向こうで、暗い顔でシュリンク(本を包むビニール)に新刊を通している透。彼を一言で表すとするならば、「野暮ったい」だ。お釣りの額を間違える事、数回。客に電話口でしびれを切らされる事、数回。本の付録を封入し忘れる事もあった。そんな彼は一生懸命やっている事は分かるが、何しろ評価は冷たい。きっと勉強ばかりやってて、雑用をこなした事がないのだろう。
 そうかと思えば、ほんの整頓を終えたひとみに勤務中なのをお構いなしに話しかけている秀樹もいる。彼を「チャラ男」と呼ばずなんと形容すればいいだろう。大体この本屋で勤め始めたのも、ひとみ目当てなんじゃないかと私はにらんでいる。そういう私も彼に夜飯を誘われた事がある。丁重にお断りしたけど。
「ハイハイ、どっちか手空いてるなら透の手伝ってやってよ」
私はツンケンしながら二人に話しかける。駅ナカの本屋だし、暇な時間などないはずだ。
「あ、スイマセン」
「ひとみ、あんたはいーの。秀樹、頼むよ」
「うぃーっす」
秀樹は敬礼だかなんだかわからないポーズをとり、満面の笑みを私に投げかける。
「まったく……」




その日の就業が終わったあと、私は透を事務室に呼びつけた。
「お待たせしてスイマセン」
「透、あんたね、私はバイトのリーダーだから言わせてもらうけど」
「なんでしょう」
「精算の金額が合わないからって、自分の財布からお金を出すようじゃ困るよ」
「あ……」
透は下を向いてしまった。
「あんた一人で損を被ればいいって考えは、甘いよ。言っとくけど」
「…………」
事務室は狭いから、否応にも透を圧迫する雰囲気となる。私は構わず続けた。
「黙ってても解決しないんだよ」
「すいません……」
彼を叱りながら私は、ある事を思っていた。私はどうだったろう。バイトを始めた時はうまくやれていただろうか。




 私はいわゆる就活浪人だ。大学で新卒を逃しここでバイトをしている。就活で一番心が折れたのは、面接だった。面接で聞かれた事にうまく答えられる事ができなかった。
「あなたの長所を教えてください」
「あなたを採用する事で当社にどのようなメリットがおありだと考えますか?」
「あなたの……」
「あなたが……」
次々と出てくる質問に詰まり、そして、ここにいる。
 ここは楽だ。日々出社し、店が開く前に雑誌に付録を挟み、お勧めの本を平積みし、レジで客に対応し、終われば掃除をし、鍵をかけて退社する。決められた仕事をこなすのは楽でいい。本を扱うのは特に。




 私は家に帰り、せまいアパートの電気をつけた。誰に見せるもない乱雑な机の上を見ると、それだけでもう、今日はいいや、と言う気になってくる。何をするでもなく、インスタントコーヒーを入れ、洗濯機を回し、テレビを見る。風呂にお湯を入れ、買ってきたラザニアをチンし、口にかき込んだ。お風呂に入っていると、今日ひとみに言われた言葉がふと浮かんできた。
(『自分』っていったい何なんでしょうね?)
思わず私は、言葉に一刀両断にされた気がして、お湯の中に頭まで沈んだ。自分。自分。その意味が今になってようやく、私に意味を持って重くのしかかってきた。
(そんな事知ってたら……こんな場所に辿り着いてないよ)
いつになく自分の事が情けなく思えた。




 翌日、ひとみと例のごとく休憩を取っていると、店長が顔を出した。
「あ、お疲れ様です」
そう会釈すると、店長は切り出した。
「君に透の教育を任せたのは憶えているよね?」
「はい」
店長はそこで一息、ふぅと一拍おくように吐くと、
「その割に、彼は全く動いてないようだけど……それは君が教えたのかな?」
と言った。
「……」
私は、そこで思った。
 逃げられない。この社会の歯車から、いくら逃げようと思ったって、私はどこかでまた歯車の一部としてはめこまれ、そこで形の悪い私は、他の歯車やシャフトやモーターとかみ合わず、悲鳴を上げてしまうのだ、と。
「申し訳ありません」
私は就活セミナーで習ったとおりに、綺麗に腰を折って、ひとみの前で頭を下げた。それが先輩として見せるべき姿だとも思ったけれど。
「頼むよ。彼が使えるかどうか、ぎりぎりの所だから」
店長はそう言うと乱暴にドアを開け、出て行った。
自販機の冷却器が、ブーンと低く唸っている。今日はそれがどうしようもなく耳障りだった。




「……先輩」
休憩が終わる頃、ひとみが声をかけてきた。
「何?」
「あの……昨日言った事……」
「ああ、あれね。悪いけど」
私は深呼吸を一つして、ひとみから目をそらして言った。
「私はやっぱアンタの事は文学少女としてしか見れない。アンタがどう思ったって」
「……」
彼女と目を合わせる事ができなかった。すぐさま彼女は私の弱さに気づいて、そしたら私は、彼女に泣きついてしまうかもしれない。それは避けたかった。
「じゃ」
そういうと私は部屋を出ようとした。
「あの、透君の事なんですけど」
ひとみがいつになく大きな声で私を引き留めた。
「え?」
「私に任せてくれませんか?」
「……新人が思い上がるんじゃないよ」
私はひとみに対する癪が勝り、彼女に目を向けられた。
「でもこのままじゃ……」
「は?」
「玲子さんが……壊れてしまいます」
私はとても困惑した。
「私……そんな弱い女に見えた?」
「いえ……弱いとは。でも玲子さんって」
「?」
「不器用ですよね」
ひとみは微笑を浮かべて言った。いや、失笑と言ったらいいのか、笑いを思わず零してしまったようだった。
「……そいつはどうも」
私は何だか分からなくなって、足早に休憩室を出た。





 夜がまた街を覆う。私はアパートで、下らないバラエティ番組を見ながらカップラーメンをすすっていた。なんだか顔が火照っている。それなのに嫌に肌寒かった。体温計で体温を測った。38度2分。笑えるくらい高かった。
「明日、代わってくれる人がいない……どうしよう」
一通り思案したあと、私はしょうがなく秀樹に思い当たった。アイツのメールアドレスは知っている事には知っていたが、頼るのはとても癪に障った。
「仕方が無い……」
明日休まざるを得ない事と、代わりを頼む旨の内容を送信したあと、私はめまいを感じて布団に潜り込んだ。




 翌日、何だかとても不快な夢を見てたような気がした事が気になってしばらく内容を反芻していたけど、ふと秀樹から返事は来たかという事に思い当たった。スマホのホームボタンを押すと、大きく時間が表示されている。と言う事は、通知はないという事だ。
 届いていなかったのだろうか。急に不安になり、送信ボックスを確認した。確かに送信している。と言う事は、相手が確認していないか、確認して無視したかのどちらかだ。
 あのヤロウ。
 私はふらふらする体を必死に壁で支え、着替えた。いつもより余計に服をはおり、家を出た。始業時間に間に合うだろうか。電車に乗り込み、手すりにもたれかかりながら必死に意識を保ち続ける。電車が駅に着いた頃には吐き気すら感じていた。既に仕事をするような体でないことには気づいていた。それでも私は必死に仕事場へ、自分というピースをはめ込みに、這うようにして辿り着いた。




 秀樹は、ちゃんと、いた。透に仕事を教えていた。
 



 その笑顔が眩しくって、比喩するのも笑っちゃうけど私は、その陽気に当てられて、体幹を失った。あんな風に笑ったこと、あったっけ。そう思いながら深い闇へ、私は堕ちていった。





ブルルルと、車の振動が突然体に感じられて、私は目を開けた。私は誰かにもたれかかっていた。それは秀樹だった。
「ちょっと、ここどこ!?」
「タクシーです。病院に向かってますんで安心してください」
「仕事は!?」
「大丈夫です、他の店から応援が来ました」
「……」
私は、急に自分が、どうしようもなく小さく思えてきてきた。今までためてきた、すべての物が、一穴を通じて、ダムを崩壊させた。涙が、止めどもなく溢れてきて、どうしようもなかった。横にいるヤツに一番見せたくなかった物が、後から後から溢れてきた。
「……」
秀樹は、肩に手を当ててきた。そこは頭なんじゃない、とか、どうでもいいことを思いながら、私は子供みたいに大泣きした。
「アンタ……メールくらい返事してよ……」
「着拒してるでしょ、玲子さん」
「あ」
そう言うと、秀樹は吹き出した。私は申し訳なさと恥ずかしさでさらに泣いた。




「本当に、病院行かなくていいんですか?」
私のアパートの近くでタクシーは止まった。
「うん……ホントにありがとう。ごめんなさい」
「あ、それとですね」
「え」
「透君ですけど、彼、陰でポップ(本を紹介するカード)をつくってましたよ」
「……」
「彼は彼なりに、頑張ってるんでしょうね」
そういうと彼は、いつもの敬礼みたいなポーズをして、
「それじゃ」
と言って駅に向かっていった。




3月の乾燥した空気が、日光を良い感じに私たちに送り届けている。
「もう治ったんですか、玲子さん」
そうひとみが言ったので、私は、
「当たり前だよ、○○賞が決まったんだから。今日はさらにお客様が増えると思うよ」
と空元気に言った。
「あ、それとね、透君だけど、あなたに任せるよ」
「いいんですか?」
ひとみは幾分驚いてそう言った。
「良いんだよ。それとあなたの質問――」
「えっ?」
「座右の銘にして良いかな?私の」
そう言うと、ひとみは、
「なんですか、それ!」
と顔をくしゃくしゃにして笑った。


<作品のテーマ>

最初の方に書いてありますが「自分とは何か」です。
以前描いて没になったまんがをリメイクしました。
   投稿者  : 涼格朱銀
 この作品は、完成品というよりはプロットの段階ですね。漫画で言うところのネームの段階です。

 たとえば、これが漫画だとしたら、これで完成とはならないですよね。これは構想か漫画原作の状態で、ここからネームを切って作画する必要があります。
 では、この作品では、作画するのに代わるだけのもの、つまり、絵として表現される必要があったものを文章として表現しているかというと、していないですよね。
 要するにこの作品は、簡素な状況説明と台詞のみで構成されていて、ストーリーの骨組みを提示したものに過ぎない。これを小説にするなら、設定を作って、構図を決めて、描写する必要があります。あと、肉付けする際に、少し構成自体もいじる必要が出てくると思います。

 実のところ、素人小説家はキャラクターの配役や、ストーリー構成といったものに鈍感で、そこからしてなっていない作品が多いです。そのため、配役がしっかりしていて、基本的なストーリー構成ができているこの作品は、きちんと書けばそれなりに見栄えするものになるでしょう。
 ただ、小説における描写は、絵とは別の形でものすごく面倒な作業でもあって、それを根気よくやる気があるのかが、この作品を完成まで持って行くべきかどうかの、ひとつの分岐点だと思います。

 また、話の筋書き自体も、悪くはないですけど平凡でもあるので、苦労した割に凡作になってしまう予感はあります。このままだと、特に欠陥は無いけど、特徴も無い作品になりそう。
 凡作になってもいいからこのまま完成させたいということなら止めませんけど、完成させる労力に見合った質の作品に仕上げたいということなら、ここから構想を煮詰める必要があると思います。少なくとも、どこがアピールポイントなのかを明確にして、それを主軸に作品を回せるようにしたい。
 つまり、この作品には主人公が抱えている問題そのものがあるわけです。「この作品の長所は何か?」と訊かれて、答えられるのか、という。
   投稿日 : 2017/02/20 12:35
   投稿者  : ランボ
ありがとうございました。
次回作に生かそうと思います。
   投稿日 : 2017/02/20 19:52
   投稿者  : こたつのペンギン
はじめまして、作品拝読しました。
気になる点はいくつかありますが、この作品の長所は雰囲気だと思います。
マンガで一度表現されているということで、人物たちの距離や動作、
表情などが見えやすい作品になっていると思います。
もう少し良くする場所があるとすれば、主人公やその他の人の
感情の起伏を少し大げさにしてみること、でしょうか。
例えば、主人公の気持ちは沈んでいきます。でも、どこで
沈み切ったかがわかりません。水中へ少しずつ沈んで行って、
頭までトプンッと水面から消える、その瞬間はいつなのか。
ネガティブな感情は、そういった想像で面白いほど魅力的になります。
次回作も楽しみにしていますね。
   投稿日 : 2017/03/11 16:53
   投稿者  : ランボ
こたつのペンギン 様
読んで頂きありがとうございます。

どうも僕の登場人物は感情が出にくく、みんな同じ感じになってしまいがちなのですが
人間を描けるようになるまで、頑張ろうと思います。

ありがとうございました。
   投稿日 : 2017/03/16 00:14
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(管理:普津沢)






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