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   『それが夢ではないとしたら』

         投稿者 : 鈴零


 ――懐かしい旋律が聴こえる。この音は……なんだったかな。思い出せそうな気がして、でも思い出せなくて。
 目の前に白いぼやけた人影が見える。触れられるような気がしたのに、伸ばした手がそれに届くことはなかった。
 届け……届け……! 必死に手を伸ばしてもそれに追いつくことはできない。逃してはいけないのに届いてくれない。やわらかかった懐かしい音も、耳の中にガンガンと響いている。
 どうして届かない……? 疑問が脳を埋め尽くし、全てが白いもやに覆われた。

 ぱちり、と目が覚めた。どうしてこんな夜中に……。目を擦りながら時刻を確認する。ベッドの横に置いてある時計の針は、夜中の2時を指し示していた。
 どこからかピアノの音が聴こえる。音を立てないよう慎重にベッドを降りると、そのまま玄関までそろりそろりと歩いて行き、目の前にあった靴を引っかけ家を出た。
 音の聴こえる方へゆっくりと足を進める。傍から見れば不審者のようであろう。自他共に認める“ごく普通の”男子高校生が、寝癖でボサボサの髪を揺らしながら上下ジャージで夜中に歩いているなんて、普通ならありえない光景である。
 ふと気がつくと自分の住む町が一望できる小高い丘に来ていた。どうしてこの場所に来たのだろうか……この場所に来れば泣きたくなってしまうほど悲しいことを思い出すというのに。
「……ねえ、覚えてる?」
 声をかけられ肩をびくりと震わせる。こんな夜中に出歩いている人がいるというのにも確かに驚くが、理由はそれだけではない。かけられた声が昔好きだった人にそっくりだったのだ。
「君もずいぶん成長したね」
 思い切って声のする方へ振り返ってみる。そこには“あの時”と変わらないままの大好きだった少女の姿があった。
「ッあ……あ……」
 声が出ない。どうして彼女がここにいるのだろう。
「どうしても気になっちゃったから、会いに来たの。ふふっ……」
 だって彼女は3年前に死んでしまったはずなのに……。

 あの時のことは昨日のことのように覚えている。あの日この場所で彼女に告白をした。返事は「しばらく待ってほしい、いつか必ず答えを伝えに来るから」とのことだった。返事が待ち遠しかった。

 彼女が死んだと伝えられたのは、その数時間後のことだった。死因は事故死。信じられない……そう思っても、事実は事実なのだ。いくら泣いても彼女がこの世界に帰ってくることはないのだ。
 ただひたすら泣いた。せめて返事だけは聞きたかった。もし彼女が生きていたら、もし告白の返事がイエスであったのなら……。そう考えると、やるせない思いが心にのしかかってくるようであった。
 彼女の葬式では、彼女が生きていた頃によく演奏していた曲が流れた。彼女のピアノを使って。だがその音は彼女の演奏していたときの優しさが失われ、まるで持ち主がいなくなったことを悼むかのように物哀しげな音を奏でていた。
 彼女の奏でていた曲が、耳にこびりついて離れなかった。

「懐かしいね、この場所」
 彼女はそう呟くと、静かに明かりの灯らない夜の街を眺める。自分は彼女のこの顔が好きだったのだ。
「私はね……あなたに返事を伝えに来たの」

「――私も、あなたのことが好きでした」

 頭が真っ白になった。彼女が告白の答えを告げてくれたのだと理解するまでしばらくかかってしまった。
「……え?」
「ほら、告白の返事。私も好きでした」
 大きく目を見開き素っ頓狂な声をあげる。その様子を見て彼女は口元に手を当てて静かに笑う。
 変わっていない。あの時と全く変わっていないのだ。そんな彼女を見るとなぜかとても安心した。
「――ねえ」
彼女が近づいてくる。そして肩に手を置いてしばらく動かなくなったと思うと、今度は頭についていた薄桃色のヘアピンを外し、それを押し付けてきた。
「これ、私と会えた思い出に……ね」
 彼女がゆっくりと抱きついてくる。その体はどんどん透けてゆき、そして消えた。

「――君は、どうしてここに……」
 空を見上げ、小さく呟いた。

 カーテンの半開きになった窓から注ぐ光と鳥の声で目が覚める。時計を見るとまだ起きるには早い時間だった。――いい夢だったな。まだ夢の余韻に浸りたくて、そっと目を閉じた。
 ふと、左手に何かが触れる。驚いてそちらを見ると、そこには薄桃色のヘアピンがあった。それは夢で見た物と寸分違わぬ物であった。
「夢じゃ……ない?」
 驚いて、起き上がり窓の外を見た。普段と変わらない空。しかしその景色を見ると、不思議なほど心が安らかになった。ずっと心に重く固まっていた思いが、全て消えたような気がした。
ふっと目を閉じると、言葉が自然と口からこぼれ落ちた。

「――ありがとう」

 全てが動き出す前の町。東の空から降り注ぐ光が、柔らかく世界を照らしているようであった。


<作品のテーマ>

『夜中に目が覚めたらピアノの音が聴こえたからその方向に歩いて行ったら昔死んだ大好きだった子に会うお話(夢だとは一言も言っていない)』という無意識のうちに書いていたメモを見つけ、知らぬ間にこんな良いアイデアを出していたのかと居ても立ってもいられず数ヶ月ほど前に衝動に任せて書いた作品です。
 拙い文章ではありますが、ご意見、ご感想を頂けたら幸いです。
   投稿者  : ひつじ使い
読ませていただきました。
きれいなお話だなと思いました。
個人的にはもう少し肉付けが欲しいような気もしました。特に二人の会話を増やすことで人物造形がなされていたら、もっと良くなるように思いました。
お話そのものはほんのり切なさもあって、とても良かったです。
これからも頑張ってください。
   投稿日 : 2017/02/25 22:51
   投稿者  : 鈴零
ひつじ使い様

ご意見、ご感想有り難うございます。
もとより物語が短いことは実感しておりましたが、二人の会話の少なさや会話を増やすことで人物造形が成されることには気づいておりませんでした。ご指摘いただき有り難うございます。
話の内容に関しては多少自信を持っていたので、お褒め頂き光栄です。
これからも沢山の物語を作っていこうと思います。本当に有り難うございました。
最後に、お返事が大変遅くなってしまい申し訳ございませんでした。以後気を付けさせて頂きます。
   投稿日 : 2017/03/11 23:27
   投稿者  : こたつのペンギン
作品、静かに読ませていただきました。
ピアノの描写が細やかで美しく感じられました。
これはアドバイスではないのですが、
彼女がどうして会いにきたのか、というのが際立った方がいいのかな、と
思いました。主人公を心配してのことだったら、不摂生な生活や
夜のように暗く沈んでいく気持ちを書いてもいいし、
好きな人にただ会いたくてということだったら、生前の二人の様子が
淡く書いてあってもいいし、と。
「薄桃色のヘアピン」は、すごくいいアイテムですね。
次回作も楽しみにしています。
   投稿日 : 2017/03/18 23:01
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