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   『君と僕の春』

         投稿者 : こたつのペンギン


「ここ、座ってもいいですか」
 そう訊いた君は、驚くほど小さかったんだ。

「覚えてくれてたんだ!」
 今も君は、あの頃と同じにきれいだと思う。
「えーっ、ちょっとは大人になったでしょう?」
 君はそう言って、僕の前ではとくに大人であることにこだわるけど、きれいなものはきれいなんだから、これ以上言いようがない。
「あたしね、智希さんのこと、あの時から好きだったんですよ」
 僕は視線を空に移した。あの時、君に好きになってもらえるようなことを何かしただろうか。
「あたし、なんとか見てもらいたくて必死だったんだから」
 ふふっと笑いながら両手で頬を隠すようにする。
 そんな君を、手に入れようとしたのは僕。
 必死になったのは、僕の方なんだ。
 君はきっと知らないし、これからも知ることはないだろうけど。

 ちょうど今と同じに桜が満開の頃だった。僕の唯一と言っていいかもしれない友が、花の宴と称して、ちょっとした茶会を催した。
 足を運んでみると、友が何をどう言ったのか、僕が彼の親友ということになっていて、花をめでるのに、とりわけ良い席をゆずられた。
 しかし――。
 僕の視力はその頃にはかなり悪くなっていて、人の顔を見分けることができなかった。ブスッとしているよりは幾分かマシだろうと、ずっと微笑んでいたら、気味が悪いと思われたようで、次第に話しかけてくる人も減っていった。
「あの」
 桜の花びらのように、かすかで、可愛らしい声が聞こえた。
「ここ、座ってもいいですか」
 赤い頬が見えた気がした。たぶん気のせいだろう。確かに、彼女と出会ってから不思議と視力は回復していったけど、その時には目と鼻の区別もつかなかったはずだ。
「どうぞ」
 なるべく優しく答えた。そうすることしか、僕にはできなかった。

「早いものですね。あたしにはあっという間でした」
 ここから見える桜は、出会った時に彼女が僕の隣から見たのと、同じ桜だそうだ。茶会が終わった後、どこに植わっているか確かめに行ったので間違いない、と彼女は自慢げに言った。その直後「覚えていませんか」と不安げに訊ねてきた。僕は正直に、「君のこと以外は、あんまりね」と答えた。答えてから、真っ赤になる彼女を見て、恥ずかしいことを言ってしまったと口をふさいだ。
「君は学生だったからね」
 彼女の背は会うたびに伸びていったように思う。
「智希さんは、いつあたしのことを好きになったの?」
 この春で、出会ってから八年になる。告白は彼女から、プロポーズは僕から、数えきれない宝物は彼女から。
「そうだな……」
 はっきりと彼女の顔が見える。僕をのぞきこんでいるからだ。
「君の手が、僕に触れた時から」
 目の前の君は、おもしろいほど悔しそうな表情になった。ふくれっ面というやつだ。
「それっていつですか。ごまかしてませんか」
 僕が君にわたすのは、いつだって本心だよ。知っているくせに。
「まあいっか。この際、どっちが先かなんて」
 そうだね。だいじだけれど、こだわっても変わらないことだと思うよ。
「あたしが思い続ければ負けませんからね」
 一瞬、息が止まった。目を見開いて、彼女の言葉と、言葉の裏にあるだろう想いを凝視した。
 微笑む彼女を思わず抱きしめた。ほのかな石鹸の香りと、やわらかな体に、泣きそうになった。
「ゆずりませんからね」
 でも、僕を抱き返した君だって、泣いているじゃないか。
「残酷だ」
 誰よりも僕が。目の前の君よりずっと、残酷だ。君の想いのすべてが、ともかくいとおしい。切なくて、悔しくて、どうしようもなく幸せなんだ。きっと君を置いて往くのに、今この時を、この場所を、誰にもゆずれない。
 僕らはしばらくして、そっと身を離した。彼女は「夕飯はどうしよっか」と言って、僕は「カレーがいいな」と答えた。

 君はきっと、僕の本心を知らないままだ。これからもずっと。
 そして時々、僕をこれ以上ないくらいの気持ちでいっぱいに満たす。
 僕たちを静かに結んだ、桜のように。


<作品のテーマ>

夢で見た光景をもとに、年齢が離れている男女を
ふんわり書きました。雰囲気を重視しています。
感想は軽めでお願いいたします。
   投稿者  : ひつじ使い
読ませていただきました。
少し気になりましたのは、冒頭の「驚くほど小さかったんだ」は彼女が中学生あたりのことなのでしょうか。「学生」という言葉ですと、ここら辺が少しわかりづらいように思いました。もういくらかでも二人の年齢に関してわかりやすく書いてもよかったように思います。
全体の雰囲気は出ているように思いました。
これからも頑張ってください。
   投稿日 : 2017/03/13 22:37
   投稿者  : こたつのペンギン
ひつじ使い様、感想をありがとうございます。

2人の年齢について、最初は書こうと思っていたのですが、書けませんでした。
理由は、友人が催した「花の宴」という茶会で二人は出会ったことになっているからです。
このあたりで、もしかして現代ではないのか?と自分でわからなくなってしまいました。

しかも出会ってから8年で、付き合って、結婚して、こういう話ができる間柄になっている。
これが現代ではないとして、彼女が16のときに結婚して、2年経ってこうして話しているとすると、
彼女が10歳の時に出会っている。ということに……。

そういうふうに見てみると、この話はまったく成り立っていないんですね。
本当に雰囲気だけの話になってしまっている。申し訳ない限りです。
   投稿日 : 2017/03/14 20:01
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