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   『踏み込む一撃(改稿)』

         投稿者 : 弥生 灯火


 
 素早い踏み込みからの一撃。目の醒めるような炸裂音が会場内に響き渡る。それまで沈黙を保っていた三人の審判は、弾かれたように紅の旗を天に向かって突き上げた。静寂に包まれた会場で一斉にこぼれた感心の息が重なる。
「面あり、それまで!」
 繰り返し行われた延長戦の、主審の一声による勝敗が決した瞬間だ。渾身の一撃で勝利をもぎ取った紅側の剣士は、感情を表に出すこともなく礼を終え、自陣の一角へと踵を返した。

「桐生先輩、お疲れさまです! とうとう決勝進出ですね!」
「声が大きい。あと顔が近い」
 ねぎらいの言葉をかけて近づいてきた後輩を片手で制して、桐生塔子は自校に割り当てられた場所に腰を下ろした。手早く防具面を外すと、滝のように流れていた汗が湯気となって立ち上る。先の試合がどれほど激しいものだったかは、彼女の真っ赤に上気した顔を見れば一目瞭然だ。
 手渡されたタオルで汗を吸い取らせながら、桐生は場内の観覧席の方に素早く目を走らせた。が、自校の集団の中にもその周辺にも、求める人物の影は見当たらない。午前中はちゃんと教室で勉強をして、午後はサボって会場に行く、と彼女は聞いていた。時計はすでに午後二時をまわっている。

 ――アホ友め。また他校の女子に声をかけているんじゃ。
 桐生は息を整えながら、その端正な顔をゆがめた。
「先輩、もしかしてウチの兄貴のこと考えてるんですか」
「なっ」
 突然の後輩の一言に図星を突かれ、桐生は思わず息を詰まらせた。
「ち、違う、なんであのアホの、いや、あいつのことなんか」
「え〜 ホントですか?」
「ほ、本当だって。ほら、またその辺で誰かに迷惑をかけてないかって」
 必死で否定するのも妙な誤解を招くと、慌てて言葉を繕う。なにしろこの後輩の兄であり、桐生と同級生の男子は、普段から女と見れば声がけする軟派な所業の持ち主なのだ。桐生は自分などより家族である後輩の方がよく知ってるだろう事柄を持ち出し、自校の風聞に気にかける様を装うことにした。

「む〜」
 納得がいかない表情を見せる後輩、もとい大友妹。
 桐生は説得力を増すために、自信を込めた微笑を浮かべて胸を張った。すると大友妹は、むすっとしていた表情から急に頬を赤らめだし、
「あたし、兄貴には負けませんから」
 と、よく意味が分からない言葉を放ってきた。それでも自分の周りの女子には多い手合いなこともあり、桐生は気にせずに視線を試合場へと向ける。場内では未だに別の試合が続けられていて、次の決勝までもう少し時間がかかる。桐生はタオルを防具面の上にかけると、袴の裾を整えながらゆっくり立ち上がった。
「次まで時間ありそうだから、ちょっと外の空気を吸ってくる」
「はい、分かりました。あ、決勝戦も頑張ってくださいね!」
「ええ、必ず勝つわ」
 桐生は外へ向かう態勢のまま、束ねている後ろ髪を揺らすことなく言葉を返した。

 雑多な空気に満ちた会場に一礼をして入り口の扉を閉める。ほんの少し、竹刀の音が桐生の耳から遠ざかった。彼女は紺色の袴をひるがえし、正面玄関の前を通って会場側面の壁際に向かった。辺りに誰もいないことを確認して壁に両手をつき、目尻をあげる。吐く息は熱く、白い肌も赤く火照り、切れ長の細い目には力強い意志の光が宿っている。アドレナリンが体中を駆けめぐっていた。体の調子は上々。だが、彼女の集中力が高まれば高まるほど、心臓はますます早鐘を打つ。壁についた両腕は、先ほどから小刻みに震え続けていた。

 ――勝てるだろうか。

 桐生の、胸中の一角に居座る不安。それがここにきて、大きく彼女を飲み込まんとしていた。誰にもそれを気取られず、胸の高まりを鎮めるため一人になったのだ。
 決勝戦の相手に、桐生は一度も勝ったことがない。過去に三度剣を交え三度とも完敗。格の違いというものをまざまざと見せつけられていた。
 桐生は幼い頃から剣術師範の父の薫陶を受け、彼女自身も必死で鍛錬を積んでいた。実力はあった。それでも彼女は自分に自信が持てなかった。
「くっ!」
 桐生は懸命に勝利のイメージを脳裏に描いた。後手に回ってはいつものように押し切られる。先手を取るのだ。そのために素早く間合いの距離を埋める踏み込みを練習してきた。堅く握った右の拳を左の手のひらに打ちつけ、自らに気合いを入れ直す。大丈夫、きっと勝てる。そう意を決して、桐生は深い息を腹に落とし込んだ。

「よう、まだ勝ってるか?」
「えっ、ええ。次が決勝」
 唐突に声をかけられて桐生は肩をすくめた。が、すぐに聞き覚えのある声だと分かり、落ち着いて応答する。
「そっかそっか、間に合ったか」
 桐生が振り返った先には、日に焼けた肌をあらわにする"上半身裸"の男子がいた。
「………」
「どうした?」
「……ひとつ、聞いていい?」
「ふっ、愚問だな。俺はさっき見かけた可愛い子に、ダブルバイセッブスを、こう見せてあげようと」
 そう言いながら桐生の同級生、大友洋平は両手を肩より上にあげて、俗にボディビルダーしか決めないポージングの型を取り始めた。小麦色の肌に映えるように汗が流れ、無駄な健康美が桐生の目に突き刺さる。
「まだ聞いてないんだけど…… はぁ、もういいわ」
 桐生はあきらめた。そう、色々とあきらめた。
「むう、俺としては頬を赤らめて両手で目を覆うなり、指のすき間からチラ見するなりの、乙女ちっくなリアクションが欲しいんだが」
「手元に竹刀が無いのは惜しいと思ったわ」
「ふっ、だからこそ近づいて、あ、ちとタンマ、違った、今のなし」
「……もういいって」 
 桐生はツッこむ気になれず、もともとツッこむ性格でもなく、小さく息をついた。

 会場を離れて外の空気を吸ったおかげか、それとも相変わらずのアホな友人との会話で安心したせいか、桐生の武者震いも先ほどまでより大分マシになっていた。そろそろ試合場に戻った方がいいかと歩き出す。
「なんか地に足がついてねえなあ。そんなんで大丈夫かよ」
「問題ない。ちゃんと勝つための練習はしてきてる」
「練習ね〜 それが問題じゃねえの?」
 後ろに続く大友の声に桐生の足が止まった。
「どういう意味よ」
 眉間にしわを寄せ、睨むように振り返る桐生。対して大友は深く息をはき出し、やれやれといったふうに視線を受け止めた。
「おまえは真面目すぎんだよ。どうせその練習したってのを真正面から、馬鹿正直にやるつもりじゃねえの?」
「そうだけど、それがいけない?」
「もうちっとよう、虚をつくとかあんだろ。例えば」
 そう言うと大友は無造作に桐生に近づいた。
「ち、近い」
 鼻先数センチまで詰め寄られ、桐生は慌てて距離を取ろうとした。その直後、大友の口が開いた。
「俺、桐生のことが好きなんだ。初めて会った時から、ずっと」
「えっ? 好きって、ええっ!?」
「隙あり」
 大友は軽く踏み込み、目を白黒させる桐生の額をちょんと小突いた。
「な、こうやって虚をつけば」
「な、それじゃ今の告白は」
 数瞬の思考のあと導き出した結論を前に、桐生はその腕を大きく振り上げて大友へと薙ぎ払う。馬の尾を模する桐生の後ろ髪が舞い踊り、バチンと乾いた音が大空に響き渡った。

 会場正面のドアに手をかけて開いた桐生は、自分が妙にリラックスしていることに気がついた。それが誰のせいかということも。
 頬を赤く腫らした大友は、上半身を裸のまま応援席へと続く通路を進んでいた。大友妹が後ろからその尻を蹴飛ばしている姿が飛び込む。桐生は自分もあとで一撃、いや、返答を加えてやろうかと考えて、大戦相手のいる場へと目を向けた。 
 
 ――まずは決勝、それからアホ友の相手だ。

 凛々しく正面を見定める。そして桐生は自分を待つ戦いへと、力強くその一歩を踏み込んでいった。


<作品のテーマ>

以前に投稿した際に頂いたアドバイスを元に改稿した作品になります。
てこてこ様より、絵の部屋に主人公である桐生塔子のイラストを頂きましたので、
合わせて拝見して頂けるとありがたいです。
   投稿者  : てこてこ
大友くん、とりあえず服着て(笑) アホ友何気に好きです(笑)
前回と比べて深くなりましたし、まとまり方も凄く良かったです。
ただひとつだけ気になった点がありまして、後輩ちゃんの口調がばらけているのが気になりました。
凡ミスでしょうが一人称が「ウチ」と「あたし」になっている所と、行動と口調から「兄貴」より「兄」の方が合ってるかなぁ、と思いました。

前回のは前過ぎてて感想控えてましたが、前回も今回もとても面白かったです。
まさか改稿版が読めると思っていなかったので、絵を描いて良かったです本当に。
ご丁寧に絵の宣伝も有難うございます、次回も楽しみにしてます^^
   投稿日 : 2017/04/08 14:26
   投稿者  : 弥生 灯火
てこてこさんへ
絵に続き感想まで、本当にありがとうございます。

私もアホ友、気に入ってます。思春期の男子を描くのが少ないので、貴重なキャラでありますし。
以前の感想で、会場に入った彼は服を着たのかという疑問が寄せられていたので、しっかりと答えを出しておきました(笑)

>一人称が「ウチ」と「あたし」になっている所〜
ああ、なるほど。そこは"家"の兄貴というつもりだったんです。イントネーション的にカナ表記にしたんですけど、
分かりにくかったみたいですね。今後の参考にさせて頂きます。

今作に限らず、改稿はしてるんですよ。ただ、改めて投稿するほど完成度に違いが出なかったりするので、お蔵入りになっちゃうんですよね。
絵の投稿が無かったら投稿することはなかったので、よいきっかけになりました。

次作ですか。てこてこさんには沢山の感想を頂いてるので、ここは一つ下記の中から一作を選んで貰いましょう☆

1、季節もの。春の風物詩をテーマにした作品。
2、思春期男子の一人称もの。コメディ。
3、推理もの? 近いのは拙作『創作者』。

書きあがってるのがこれだけなので、上記以外のだと今月末か来月の投稿になりますのでよろしくお願いします。
   投稿日 : 2017/04/08 15:36
   投稿者  : てこてこ
再び失礼します。
大友くんみたいな清々しい馬鹿って良いですよね。そういうキャラは見ても書いても楽しくなります。

一人称「家」の事でしたか、同音異義語ってよく間違えちゃうんですよね、申し訳ないです;;

今回のは前から読んでいて描いてみたいなぁと思っていたので、まさしく棚から牡丹餅でした。ゲームとかでもそうですけど、リメイクされて追加要素あると嬉しいみたいな感じですかね?

わわわ、まさか選べるなんて嬉しい限りです。3作共書きあがっているという事は、最終的に読める訳で、それならここぞとばかりに違うものを注文する方が得するのではなんt(強制終了)
ううむ、どれも気になりますが折角桜も咲いていますし、期間限定の季節ものを読んでみたいですね。もちろん他のも読みたいです(しつこい)
もしリクエストを受けて頂けるのなら、灯火さんがあまり書かないであろう動物モノを見てみたいなぁー、なんて思いました←
そんな訳で、次回も楽しみにしてます(脱兎)
   投稿日 : 2017/04/08 21:11
   投稿者  : 弥生 灯火
てこてこさんへ
私の作品としては珍しく、今作は容姿の描写に力を入れているので絵にしやすかったのかもですね。
普段は推敲時に消しちゃうことが多いですから、あはは・・・(目をそらす)

>最終的に読める〜
あ〜 実はあんまり投稿する気が起きなかった作品なんですよ、三作共。
季節物のは結構昔に書いた作品ですし、R15かと思ってる作品もあるし、というか三作全てが少しアダルトな気もして、
サイトの気風に合わないかなあと(そんなの選択肢にするなよ 爆)
まあそれでも一作ぐらいは投稿してみようかと考えて、リクエストをおもねってみた次第なんです。
うん、でもやっぱり封印した方がいいかな。昨日今日ですぐ気が変わる私(てへ)

動物ものですか。たしかに書いた経験は少ないですね。擬人化作は何度かありますけど、月とか桜とかタケコプターとかだし(ぇ)
あっ、そうだ桜の擬人化のもあったんだった。あれも季節もので未投稿じゃん(汗) 書いたの多すぎて未投稿作が幾つあるのか把握出来てないや(馬鹿)
でもでも、動物ものは思い出せないぐらい少ないと思うので、ちょっと書いてみますね。
私のいい加減なリクエスト(笑) 応えて下さってありがとうございました。
   投稿日 : 2017/04/09 10:22
   投稿者  : ひつじ使い
読ませていただきました。
とても良かったです。てこてこさんのイラストも見させていただいたので倍楽しませていただきました。
読後感もすごくいいですね。青春のいろんな要素がぎっしりと詰まっているように思いました。
これからも頑張ってください。
   投稿日 : 2017/04/10 22:15
   投稿者  : 弥生 灯火
ひつじ使いさんへ
以前の感想の際に、ひつじ使いさん含め複数の方に指摘された要素を改変してみました。
けれど結局のところ、作品の質として大きく変わらなかったですね。なかなかに難しいものです。

改稿前と今回との感想、ありがとうございました。
   投稿日 : 2017/04/11 22:04
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