掲示板に戻る

   『春過ぎて、春遠く』

         投稿者 : 弥生 灯火


 我は犬である。名を鋼一郎という。ちなみに銀二郎とも銅三郎とも呼ばれる。名づけ親である主の気分によって呼び名が変わるのだ。我からすると、生態を本当に理解しているのか甚だ疑問ではあるが、それはひとまず置いておこう。

 桜の散りかけた今日この頃である。いつものように我らを散歩に向かわせんと、四肢をがっしりと抑える装身具(リード)を手に主が近寄ってきた。
「鋼ちゃん、今日はいつもとコース違うけど、おとなしくついてきてね」
 そう呟きながら装身具を装着させてくる主。失礼な言い様だ。メスと見るやハッハッと興奮しては舌を出し、体の主導権を奪おうとする銀二郎や、食事時以外は寝てばかりいる銅三郎と同じに扱わないでもらいたい。我の心の声が聞こえたのか、銅三郎が薄目を開いた。何だ、我に文句でもあるのか? 否、違う。主から発せられる匂いに反応した結果らしい。
 注視してみれば、さもありなん。いつもであれば学校帰りの、制服姿そのままに我らを連れ歩く主であるのに、今日は装いからして異なるではないか。
 未だ遠い、夏を感じさせる色彩の肌着の上に、虹色を模した見覚えのある衣を羽織っている。たしか先週家族で遠出した際に、親御に買い与えられた何ちゃら言うぶらんどの、かあでがんとやらではなかったであろうか。我の寝床である庭先の小屋前にて、さんざ見せびらかしてきた代物だ。そして何より銅三郎も気づいた香なる水を体に振りかけている。主の年齢は十代半ば頃であったと記憶しているが、お年頃というやつであろうか? 食べ物の匂いでないことに気づいた銅三郎が再び瞼を閉じる。銀二郎は、メスはメスでも人間である主の艶っ気に興味はないのであろう、我の下顎を甘噛みして暇潰しをしてきている。ちいと痛い。

 主に連れられ、初夏には少し早い陽気の街を歩く。
 自慢するわけではないが、いささか我らという犬種は珍しい。そこかしこで同様の散歩中であろう犬と人間とすれ違うが、たいがいは口をあんぐりと開き、犬の方は尻尾を股に挟んで怯えるか、寝転がって腹を見せてくる。その度に主は困ったふうに頭を下げ、
「大丈夫ですよ、ウチの銀ちゃんは滅多に火を吐きませんから」などと弁解している。
 主よ、それは間違いである。しっかりと制御出来ているのは我だけであって、銀二郎はそうでもない。銅三郎に至っては、たまに主の知らぬところで動物の死骸を焼き上げ、口にしてたりする。焦がしすぎて炭化させてしまい、労力に見合っていないこと常なのだ。
 そのうち街中を抜けて、見知らぬ風景と出会った。河川敷と思しき土手が我らの進行方向に並び、見えぬ川に当てられた風の匂いが鼻先をなぶってきている。

「あっ、タクヤくん。ひ、久しぶり」
「ユミじゃん。そういや高校に入ってから始めてだっけ?」
 主が声の質を変えて語りかけた先に、プードル犬種を連れた男子の姿があった。
「おおっ、それってもしかしてケルベロス!? うわぁ初めて見た。頭が三つってカッコいいな!」
「うん、正面の子が鋼ちゃんで、右が銀ちゃん左が銅ちゃん。食費が掛かってもう大変だよ〜」
 主よ、大変なのは親御なのだと思うぞ。それと右は銅三郎で左が銀二郎である。
「へえ、俺んトコのチロは老犬だから、あんま食べないなあ」
 待って頂きたい主の友人よ。我が種は頭が三つではあるが体は一つであるからして、摂取する総量は一般犬種とそう変わらぬ。
「で、でもタクヤくんと違う高校になっちゃったから、散歩中に会えるなんて、偶然でビックリ」
 む、何だ銀二郎。主の言葉がわざとらしい上に棒読みだと?
「そうだな。あれ、でもユミの家から結構遠くないか、こっちの方って」
「う、ううん、そうでもないよ、この河川敷にはよく散歩に来るから。銅ちゃんもこのコース大好きだから」
 銅三郎は、うむ、寝ているな。散歩中に限ったことではないが。
「ふうん、まあここら辺は道幅も広いし、いいかもな」
「うん、タクヤくんはいつもこのコースなんだよね。あの、今度さ、一緒に」
「悪い、チロがもう疲れちまったみたい、抱いて帰るわ」
「え、あ、うん、分かった」

 帰り道、装身具を引く主の力が弱々しかった。
 気持ちを分からぬではないが、別に今生の別れでもあるまいに。半歩前に進み、主を引っ張るようにして帰路を進む。
 我と同じ意気を行動に出そうと、銀二郎が鋭い犬歯の並ぶ口を大きく開く。慌てて頭突きを見舞いして吐火を止めさせた。銅三郎が今日のご飯はまだぁ?と寝言を零す。うむ、いつもとコースは違えど、変わらぬ散歩であった。明日からは今日のコースを歩くことになるのであろう。さすれば主の気も持ち直すか。そう思って疑わず家へと着いたのであるが、翌日からは些か異なることが待ち受けていた。
 めかしこんだ主が河川時沿いを散歩に向かうものの、タクヤという友人と出会うことが、はたと途絶えたのだ。
 
 一日、二日、一週間とも経つと、さすがに主が可哀想に思えてくる。そういえば出会った時の友人の態度は、いささか素っ気なかった気もする。もしかしたら、元から彼の方はあまり主を好いていなかったのかもしれない。
 我は犬であるからして、人の色恋というものについて計り知れぬ身であるのが、どうにももどかしい。しかし主には早く元気になってもらいたい。だとしても、我にどうすることが出来ようか。

 一ヶ月も過ぎると、我らを散歩に連れ出すことを、主は疎かにするようになった。今日とて日曜日だというのに、朝から家に篭もりっきりである。
 散歩には行かずとも、せめて少しは遊んで貰えないであろうか。体力を持て余した銀二郎など、所構わず火を吐こうとするため、とどめるのに大変なのだ。銅三郎はと言えば、うむ、寝ておるな。まだ食事の時間にはちいと早いか。それにしてもこやつ、悩み事とかあるのだろうか、と、そんなことを考えていたら、銅三郎が珍しく体の主導権を奪い、我が小屋前で伏させていた身を起こさせてきた。主が、我らの食事に使用している器を盆に置いて、庭先へと出てきたのだ。

「はい、ちょっと早いけど今日の分。いつもの切らしちゃったから、これで我慢ね」
 主が地面へと置いた三つの器。ぬぬぬ、どういうわけであろうか、器の上の大気が陽炎のようにぼやけて、ぐずついて見えるのだが……
 その直後、汚泥にも似た臭気が流れてきて、うぼぇ、と無意識に後ずさった。
 器に盛られていたのは見慣れたいつものドッグフード、ではなかった。恐らく米飯だったであろうものが濃緑色した液体に浸っている。液体から顔を出す一部の凝固した粒子状の物は、積み重なり奇怪な造形物へと昇華して、ぐ、涙が出てきた。目が痛い。鼻は馬鹿になっており、もう効いてはいない。待て銅三郎、主導権を我に戻すな! 嗅覚や味覚は共有してなかろうが。おい銀二郎、寝てる振りをするではない、おまえは銅三郎か!
 どうやら主が調理?したのであろうこの世の物から外れた奇形物。まさか、これを味わえというのか。ぐむむ、どうすればいい、逃げたい、どうしたらいい。

「おいおい、それ腐ってんじゃないか? 可哀想だろそんなの食わせちゃ」
 庭を囲む塀の上部から、我らを救う天の声が届いた。
「え、タクヤくん!? ど、どうしたの?」
 主が慌てたように、しかし嬉しそうに塀の傍へと走っていく。
「久しぶりだよね。あの、その、元気してた?」
「……チロが、死んじまったんだ。そんでしばらく気落ちしてたら親がさ。新しいやつ連れて来てくれてさ」
 そう言って門構えを通り、庭へと入ってきた主の友人。その手綱の先に、
「カッコいいだろ。今度は頭が五つだぜ。ケルベロスとオルトロスを掛け合わせたやつみたいなんだ」
 死んだ振り、もとい寝た振りしていた銀二郎が鼻息を復活させた。どうやら彼が連れてきた子犬はメスらしい。
「へへ、これで俺の勝ちだな」
 主の友人は誇らしげに胸を張った。
「あはは、そうだ散歩の途中だよね。わたしまだだから一緒に行こうよ。ちょっと着替えてくるから待ってて」
 そう言って主が器を取り上げて家の中へと入っていく。助かった。それにしても彼の言い分を聞くに、どうやら主に気があるとかないとか、それ以前の問題であるように思える。要はまだ、彼の心根は色恋に興を持つまで達しておらぬのであろう。
 銀二郎が我の耳にかじりついたきた。仕方ないので主導権を譲り渡したら、案の定メス犬の尻を嗅ぎに走り出す。そうこうしてるうちに主が笑顔で戻ってきた。
 主も、銀二郎もであるが、相手は幼い。だが、まあよかろう。一年や二年などあっという間に過ぎる。その内に芽生えるものがあること、想像にかたくない。
「まだ小さくて可愛いね。名前はなんて付けたの」
「そのうち大きくなって、もっとカッコよくなるって。真ん中のがレッド。全部、色にしたんだ」
「へえ、ウチのは銀ちゃん、あと鋼ちゃんと銅ちゃん」
 主よ、我らの名は以前にも告げたぞ。それとその言い方だと真ん中が銀二郎みたいではないか、まったく。
 再紹介なのだから、せめて略称ではなく正式に、鋼一郎、銀二郎、銅三郎と伝えて欲しいものである。


<作品のテーマ>

補足:ケルベロス
黄泉路にいるという、頭を三つ持ったワンちゃん。頭が二つだとオルトロスと呼ばれるそうです。
だいたい黒毛で鎖に繋がれており、大きさは様々。作中のは中型犬ぐらい。別名:地獄の番犬
火を吐けるかどうかは不明ですが、おそらく吐けるでしょう(適当) それと雑食です(多分)
   投稿者  : 古事記のリテナ
こんにちは(゚▽゚)/ 拝見しました!  
  面白いですね...ケルベロスですか! 人間以外の動物目線のお話は、滅多に目にしないので読んでいて楽しかったです。(しかもケルベロス!!)  主人公、ユーモアたっぷりでした。
感想書くの下手なので、ここら辺で失礼します。 制作、お疲れ様でした!
   投稿日 : 2017/04/15 08:43
   投稿者  : 弥生 灯火
古事記のリテナさんへ
感想ありがとうございます。
ただのワンちゃんでは面白くないので、ケルベロスをチョイスしてみました。
飼われている方なのに、何故かパパ目線の鋼一郎です。楽しんで貰えたようでなによりでした。

感想なんて、読んだ方が感じたことを書けばいいだけですから、お気軽にどうぞ。
私なんていつも適当にコメントしてますよ、(ΦωΦ)フフフ…
   投稿日 : 2017/04/15 12:27
   投稿者  : てこてこ
さすが灯火さん、執筆早いですね(笑)

どんな動物ネタが舞い降りてくるのかと思いきや、まさかの変化球に一本取られました。←意味不明
本来なら色々ツッコミが入る筈の設定なのに、それを当たり前の様に話に組み込んでるのが上手いなぁ、と思いました。
しかしながら、設定の奇抜さの割に話自体が展開の読み易い普通の内容なので、そこが少し浮いてしまっている印象がありました。
鋼一郎が案外真面目に犬らしくしてるからですかね? 折角のケルベロスなので展開に関わる何かもう一声が欲しかったです。

全体的にまとまりもあって面白かったです。リクエストにお応え頂いて有難うございました!

ところで、ケルベロスの名前ですが、「金一郎、銀二郎、銅三郎」ではなくあえて「鋼一郎、銀二郎、銅三郎」にしたのは何か意味があるのかなと気になりました(笑)

次回も楽しみにしてますね^^
   投稿日 : 2017/04/18 16:41
   投稿者  : 弥生 灯火
てこてこさんへ
感想ありがとうございます。
先週は書く時間を取れたので一気に書き上げちゃいました。

振り返ってみると私が書いた動物ものって、何故か変化球になるんですよね。
投稿済では『ライバルは永遠に』とか『タマにゃん』とか。どうしてでしょう?(謎)

設定が奇抜で、ストーリーも奇抜の方が良かったということですかね。
たしかにケルベロスにさせた意味が少ないか。アドバイスありがとうございます。

名前は、初稿で鋼一郎しかつけて無かったからかなあ。
推敲中に他の二つの頭にも性格付けと名前を付けた方が良いと思いまして、後付けで銀と銅を付けたんです。
なので、特に深い意味はなかったりします。いつも私の名前付けは適当です(笑)
   投稿日 : 2017/04/19 23:25
名前
感想

- WEB PATIO -

(管理:普津沢)






(スパム対策のツールを設置しました)