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   『熱力学の法則』

         投稿者 : 弥生 灯火


「はぁ……」
 草木も眠る丑三つ時。静まりかえっていいはずの時間。
 もちろん家族の皆は眠りについてる。ふすま一枚で隔てられてる妹の部屋からも、時おり理解できないような寝言は聞こえるものの、眠りにはついてるんだろう。ちなみに冒頭のため息は僕が出したもの、出ちゃったものだ。
 夜半過ぎの時間に机の上で頭を抱えて、どうして呻いているのか。そう問われたなら、明日の試験への最後の追い込み勉強だから、としか答えようがない。

「あぁん、それダメぇ。そんなにされたら死んじゃう〜」

 …………い、今の僕じゃないからねっ! 今のは隣で寝てる妹の声なんだ、言ったでしょ、理解出来ない寝言だって。
 まったく、一体どんな夢を見たらあんな言葉を吐けるんだか。僕が肉食男子だったらその夢を一度検閲させてって言いたくなるよ。
 起きてる時だって無防備に肌さらけだしちゃってさ、家の中だからって一年中タンクトップにショートパンツでいるんだ。それで今みたいな声を十分おきに聞かされてみてよ、いくら実の妹の声だからって勉強なんかに集中できるわけない。僕だって年頃の、いわゆる思春期の男子なんだ。あんな声は暴力以外の何物でもない。お願いだから勉強に集中させて欲しい。いいや、集中出来てない理由は、この勉強の課題そのものにも原因があるのかもしれない。

 「Q = ΔU + W」、だってさ、なんだよこれ。
 第一だか第二だか知らないけど、この公式が熱力学の法則ってやつらしい。ねえ、こんなの将来役に立つの? こんな学問は物理を専攻してるような学者志望の人だけ身につければいいじゃないか。僕はどちらかというとDNAの二重螺旋構造に萌えるタイプなんだ。なんて思うものの、赤点とって留年するのだけは嫌だ。ええとこの式は第一の方で、第二はというとこれまたややこしい。
 頭の中に練りこむように参考書の説明文を入れていく。
 なになに、高い温度から低い温度には移動するけど、その逆にはならない。って当たり前じゃん。これを「不可逆的な現象」という、って何でこんな難しい言い方するかな。つまり熱い缶のジュースの隣に冷たい缶ジュースを付けると熱い方がぬるくなるってことだろ? あれ、待てよ、冷たい方もぬるくならなかったっけ? あれ、あれあれあれ、分かんなくなってきたぞ。
 やばい、こんなんじゃまた妹から馬鹿にされる。僕より絶対に頭が悪い、栄養が胸にしか注がれていない一つ年下の妹に。それだけは避けたい、出来る限り全力で回避したい。ええと、つまり正確な温度にまで、低い温度の方は高い温度にはならず……

「ダメだよお兄ちゃぁん、そんなのぉ、やめてよぉぉ」

 うぇぇい!? だから邪魔するなって、え、ちょっと待って。相手って僕なの? え、え、夢の中の僕って一体何してるの? もしかしてあんなことやこんなこと、ムフフなことしちゃってるの? な、なんて羨ま―― ちがう、ちがう、だめです。だめでしょそれは、間違ってるでしょそれは! ええい何も考えるな、無心になるんだ! 心を無に、頭を空っぽに、って、いやいやいや考えなきゃダメだった、今の僕は試験勉強の真っ只中だ。
 それにしても何てこと、何てこと。言葉の暴力って言葉、言い得て妙、ってあれ? 日本語合ってる? ああ、でもこのままじゃ耐えられそうにない。何とかして対策を練らなきゃ勉強が、明日の試験が、いや、その前に僕の精神が持たない、何かいい方法は、

「いやぁん、だめだよ、入れないでぇ。お願いだから、そんなもの入れないでぇ……」

 うわぁぁぁ僕のバカぁぁ!! 何やってんのぉ!! 夢の中だからってしていいことと、しちゃいけないことってあるでしょ!? 何を何して、ナニをこうしてナニをこうやって、うわぁぁんだめだーっ、聞くな、聞いちゃ駄目だ、勉強、明日試験! なんとしてでも勉強に集中するんだっ!
 ううう、「不可逆的な現象」に反して、ナニに熱が集まってきてる。どういうこと、これ? 熱力学第二の法則を振り返ってみる。ええと、原理って三つに分けられてて、エントロピー増大の法則にクラウジウスの原理、そしてトムソンの原理。
 熱力学で言うエントロピー増大の法則、これって要は熱は集中しないで分散していくってことらしい。あれ? 僕のナニの熱は分散していかないんだけど? 
 クラウジウスの原理、これは外部の熱から影響されることはないってこと。ってことは、これ僕の内部からだから関係ない?
 トムソンの原理、ええと「一つの熱源から熱を受け取り,そのすべてを仕事に変換することは不可能である」という原理だって。つまり僕のナニをエンジンだとしても、いくらピストン運動しても熱くなったモノ全てをエネルギーとすることは出来ず、一部の熱を排出することになってしまうって、
 えええ、一部と言わず全部出させてよ。だってだって、こんなに集中して勉強してるのに、どうにも僕の下半身は熱を持って、込めて、大きくなって、

「……あぁぁ、入っちゃったぁ」

 きゃああぁぁーーっ!! 入れた、入れちゃったぁー!?
 何てことしてるの夢の中の僕ぅ! どうするの! どうもできないよ! すぐ謝って! 土下座して! いやいや謝るだけじゃ駄目だ。もう死んで。自分で自分をちゃっちゃと殺してぇー!!

「いやぁ、動かしちゃダメ! ダメ、いやぁーっ!」
 うわぁぁーー!! こんなん頭にまで血が上って何もできない。ナニしか出来ないよー! も、もう知らない、もう責任取らないからね! お兄ちゃんだからって、どうなっても僕は責任なんか取れないんだからねっ! いいんだいいんだ、シスコンだってなんだって、なんとでも言えばいいさ、指をくわえて、そこで見てるがいいさ!
「ママーっ! お兄ちゃんが、お兄ちゃんがーっ!」
 あああ聞こえない、聞こえない! 聞こえないもんねっ! もう今更止めたって、誰に助けを求めたって、もう絶対聞いてあげるわけにはいかないからね! ここまで来たんだ、僕だって男だ、行きつく先まで行ってやるとも! そうさ行くとも。熱が頭も侵していって、暴走が勢いよく駆けぬけて、もう誰にも僕は止められないっーー!!

「お兄ちゃんがチャーハンにピーマン入れちゃったのぉ!」

 ……………………はいぃぃ?

「お兄ちゃん、お願いだからチャーハンにピーマンなんて入れないでぇ! 私ピーマン食べれないの知ってるでしょぉ!」

 ……ええと、ええと、落ち着こう。とりあえず深呼吸。で、妹さん、今なんとおっしゃいましたか?

「おたまグルグル動かして。こんなに混ざちゃったらぁ、もう私、食べれない、じゃないぃ……」

 先ほどとは打って変わって静まり返った隣の部屋。ぱたりと妹の寝息は終息を迎えたらしい。
 な、何だよ、それ何のイジメだよ妹。何てことしでかしてくれたんだよ。どうするのこれ。この暴走しちゃった下半身の熱を、お兄ちゃんはどうやって処理すればいいのさ。教えてよ。というか、ピーマンくらい食べてよ、本当、お願い、だから、さぁ……
 呆けきった頭でぼんやりと考え、僕は椅子の背もたれに全体重を掛けた。力の抜け切った体はなすすべもなくそのまま傾いてゆき、そして僕は……

「んぁ?」
 僕を眩しく照らすのは顔を出したばかりの朝日。ズキズキと痛む後頭部を撫でながら僕は周りを見回した。本棚のそばで、下半身をむき出しにしたままひっくり返っていた自分を確認し、僕は現在の状況の悲惨さにようやく気がつく。
 喜ぶべきか、悲しむべきか。試験の結果、熱力学の法則、各分野だけは―― 満点だった。


<作品のテーマ>

テーマは思春期男子の妄想、というか暴走? ショートショートにしては長いかも?(汗)
しょうもないストーリーなのでオチは別要素入れてひと工夫。読んで下さった方に感謝を。
   投稿者  : きらら
いやん。。。(//▽//)って思わずこんな表情になって読んでしまいました(笑)
でも、勉強に集中できないお兄さんが可哀相だなと思いました(笑)崩壊していく所もとても面白かったです(笑)
チャーハンにピーマンを入れる夢なのですね。はぁ、よかった(照笑)

なんだかこんなに弾けているお話ですのに、うまく纏められていてちゃんとした小説になってて凄いなあと思いました。
たぶん、普通に書いたら雑な小説になると思うのですが、さすが弥生さまだと思いました♪
これからも頑張ってください♪^^
   投稿日 : 2017/05/14 17:49
   投稿者  : 弥生 灯火
きららさんへ
感想ありがとうございます。
はい、苦手なピーマンがトラウマになって夢を見てる妹さんに、大ボケするお兄さんのお話です。
うん、間違ってない(知らんぷり)

たしかにこの手の文体は勢いだけで書いてしまうと雑になってしまうんですよね。今作も文章そのものは雑なんです。
暴走コメディとしての勢いの方を大事にしました。とはいえ雑な印象だけを持たれてしまってはマイナスなので、
熱力学という一見すると学術的な要素を持ち込むことにより、作品全体としての印象を少し持ち直させてます。ある意味、裏技的な技術なので褒められたことではありませんが(笑)
   投稿日 : 2017/05/14 21:03
   投稿者  : てこてこ
お兄ちゃん、(色んな意味で)酷いですね。
DNAの二重螺旋構造に萌えるタイプなのも大概変態だなと思ってしまいました(笑)

よくあるいやんな勘違いですが、全体のバランスがよく取れていて、最後まで読ませるのが流石だなぁと思いました。
とても読み易かったです。お兄ちゃん、一応点数だけは取れて良かったですね。
それでは、変な感想になってしまいましたが、次回も楽しみにしてます^^
   投稿日 : 2017/05/15 00:02
   投稿者  : 弥生 灯火
てこてこさんへ
>DNAの二重螺旋構造に萌えるタイプなのも大概変態だなと〜
……後に続くお兄ちゃんの変態暴走の為のフリです(笑) 目の付け所が流石ですね。

本当はもうちょっとコンパクトに仕上げた方が良い作品なんですけど、ちょっと思春期ものに食傷気味でして、
これ以上推敲する気になれませんでした、あはは(逃)

いつも感想ありがとうございます。次回の投稿作はたぶん…… おじさんものです(ボソッ)
   投稿日 : 2017/05/16 00:11
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